想い出のカケラを探して (2)

放課後の科学室。
机の上に、色とりどりの液体が入った試験管が机の上に並べてある。
それらとにらめっこをしているのは、リタ。
この世界の生活は、ほとんど魔導器に頼っているといっても過言ではない。
しかし、魔導器の動力源となる「魔核(コア)」は地中から発掘することでしか入手できず、限りある資源として高値で取引されていた。
リタはその「魔核」を人工的に作り出す研究を、毎日続けている。
自分の持つ理論を実証するために。そしてなにより、人々の生活をさらに豊かにするために。
だが......。
「.........」
リタは、試験管の中で揺らぐ緑色の液体の向こうに人の気配を感じては、眉間にしわを寄せていた。
そこには親友のエステルの姿と、その隣にもう一人。
「.........」
彼女は何も言わず、ただにこにこと笑顔を浮かべて、こちらを向いていた。
リタの心境も知らずに。
このまま無視しておこうと心に決めていたのだが、リタの性格上それはムリな話で。
居ても立ってもいられなくなって、バンッと大きな音をわざわざたたてて立ち上がった。
「ちょっと!なんでアンタがここにいるのよ」
放課後エステルが科学室へ連れてきたのは、あのジュディスだった。
エステルが言っていた『放課後のお楽しみ』というのは、どうやらこの事だったようだ。
どこが『お楽しみ』なのだろうと心の中でグチっても、当のエステルもにこにことしているだけ。
「ジュディスがぜひリタの実験を見てみたいというので、連れてきました」
「はぁ?」
最近、学園内を騒がせている『魔導器泥棒』事件。その犯人を見つけるべくリタは躍起になっているが、このジュディスが一番怪しいと思っていることはエステルも解っているであろうに。
なのに、なぜわざわざ自分の目の前に連れてくるのか。
「うふふ。私、貴女に興味があるの」
「はっ、しらじらしいっ」
「リタ!」
「大体あたしは、まだアンタのことを信用したわけじゃないからね」
「ええ。解っているわ」
「.........」
いったいこの女、何を考えているのだろう。
何を言っても動じない。
さらに、リタの言葉の上を行くような事まで平気で言う始末。
「それに、私が貴女の前にいれば、貴女も安心して実験に打ち込めるのではなくて?」
「ぐっ......」
悔しいが、ジュディスの言うとおりだった。
魔導器泥棒の一件を解決するためには、魔導器が盗まれないように監視をする必要があると思っていたところだった。、
しかし、大切な実験も優先したい。
その狭間で葛藤していた時に、エステルがジュディスを連れて現れたのだ。
ジュディスが犯人であると疑っていたリタにとって、これはまさに都合のいい状況であり。
「それにもし、私が貴女の目の前にいる間に魔導器が盗まれたのなら、その時は犯人探しに私も協力するわ」
「もし盗まれなかったら、アンタへの疑いがますます濃くなるだけだけどね」
「リタっ!もう」
エステルの声には耳を貸さず、ぷいとそっぽを向いた。


絶対、絶対に捕まえてやる。
魔導器泥棒を。



その頃。生徒会室にて。
「え?ジュディスが帰ってきているのかい?」
フレンは本棚を整理する手を止めて、ソファに寝転がる人物を振り向いた。
授業が終わってすぐの時間。会長以外の生徒会役員はまだ集まっておらず、この部屋はフレンとユーリのふたりきりだ。
そのユーリはソファに寝転がり、、まるで自分の部屋のようにくつろいでいた。
「ああ。昼休みに会ったぜ」
「元気そうだった?」
「ああ」
「そう。それは良かった」
そしてフレンは再び、書棚へと視線を戻した。
春の訪れを予感させるような柔らかい風が、ふわりと部屋へと流れ込む。
前髪をゆらすその風を感じながら、ユーリはゆっくりと目を開いた。
「...なぁフレン。あの事件、聞いたか?」
「あの事件って、『魔導器泥棒』のこと?」
「やっぱ知ってたか」
「まあね。そういう噂は、嫌でも耳に入ってくる」
「その割に、えらくのんびりと構えてんだな」
「.........」
相づちが返ってこず、ユーリは片眉をあげた。
いつもの生徒会なら、生徒会のメンバーたちが問題を解決しようと躍起になっているはずだ。
これまでだって、ユーリが巻き込まれたことも多々あった。特に副会長をしているソディアには目をつけられてしまっているようで、彼女の相手をするのにどれだけ骨を折ったことか。
それなのに、今回の事件に関しては生徒会の動きが全く見て取れないのだ。
「のんびりとしているわけでは、ないよ」
フレンは、重く口を開いた。
「じゃあ、何なんだよ」
「先生方から、あまり騒ぎ立てるなと言われてるんだ」
「へ〜。それで指くわえてただ見てるだけってわけだ」
「ユーリ。喧嘩売ってるのかい?」
急にトーンの低くなった声に、ユーリはゆっくりと身体を起こした。
フレンを見やると、座った瞳をして重い視線を向けられている。
「そんな怒んなよ。お前がおとなしくしてるなんて珍しいと思っただけだからさ」
「僕だって、何もせずじっとしているわけじゃない。確かに、あまり目立ったことはできないから動きづらくはあるけど」
「だったら良いんだけどよ」
教師の言いなりになっているなんて、フレンらしくない。そもそも、それではフレンが生徒会長になった意味がない。
どうやらフレンも相当じれているようで、ユーリはそっと胸をおろした。
「で?何か手がかりは掴めたのか?」
「珍しいね。ユーリが学園内の事件に関心を持つなんて」
「ん、ちょっと気になってな。で、どうなんだよ」
「いや、手がかりというほどのものでもないんだけれど......」
「なんだよ。別に騒ぎ立てるつもりはねぇから、教えろって」
「うん。確信はあるわけじゃないんだけどね。もしかしたらって」
「だから、何」
「さっきのユーリの話」
「は?」
さっきの話と言われても、まだここに来てから 15分も経っていない。
その間に話したことといえば、魔導器泥棒の話と、ジュディスが帰ってきたことと。
「......おい。お前、まさか」
何となく、嫌な予感がした。
「その『まさか』だよ。僕はジュディスが怪しいと思っている」
フレンの言葉に、思わずユーリの瞳がつり上がる。
「お前、『あのこと』を解ってて言ってんのか?」
「むしろ『あんなこと』があったから、そう思ってるんだ」
口では『確信がない』などと言っておきながらも、フレンの瞳には揺らぎがない。ユーリから視線を反らさず、こちらを真っ直ぐ見つめている。
「...お前が、そんな薄情な奴とは知らなかったよ」
「薄情だとか、そういう事は問題じゃない。本当に彼女が犯人だとしたら、僕はそれ相応の対処をするだけだ」
「ジュディスがそんな事する奴じゃないって、お前もよく知ってんだろっ!」
感情の高ぶるままに、ユーリが思いっきりテーブルを叩いた。
ダンッと大きく響いた音が、ふたりの会話を打ち破る。
しばらくして、フレンは大きくため息をついた。
「ユーリ。僕だって、まだジュディスが犯人だと決めつけたわけじゃない。それはさっきも言っただろう」
「......」
「ジュディスの身の上を案じるユーリの気持ちも解るけど、そこまでムキになるなんておかしいよ」
「......」
「...もしかして君、ジュディスの事が......」
「なっ!」
とっさに顔を上げて言葉を発しようと口を開いたとき、扉の向こうから複数の足音が聞こえた。
「やべっ」
近づいてくるのは、きっと生徒会の役員たち。彼らは、問題児のユーリをあまり好ましく思っていない。見つかると後が厄介だ。
ユーリは慌てて立ち上がり、窓枠へと足をかけた。
「フレン、変なコト考えてんじゃねーぞ!」
最後にそれだけを言い残して、近くに生えている木へと飛び移って出ていった。
それは、どちらの話に対する台詞なのか。
問いただそうと思っても、そこはただレースのカーテンが揺らめいているだけだった。
「ごめんね、ユーリ」
誰もいない空間へ、フレンがちいさく語りかける。
「だけど僕は、君のことが――」


(3)へつづく。






(2010.05.22)



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