想い出のカケラを探して (3)

1週間後。

今日も学園内の丘の上でエステルはお弁当を、リタとユーリは購買のパンをそれぞれ並べて昼食をとっていた。
あの一件からは、毎日ジュディスもそれに参加している。
リタにしてみれば、何故ジュディスが混ざっているのか少し癪に触るところもあるのだが、ジュディスを監視するには好都合で、何も文句は言わなかった。
さらに今日は、いつものメンバーに加えてもうひとり。
「フレンがここに来るなんて、珍しいです」
ユーリとエステルの間には、生徒会長であるフレンがいた。
「ええ、前から混ざりたいとは思っていたんですよ。なんだか楽しそうで」
「フレンもぜひ参加してください。そしたら、きっと、もっと楽しいです」
「......」
笑顔なエステルとは裏腹に、ユーリは複雑な心境だった。
前から混ざりたかっただなんて初耳だ。むしろ、白々しさまで感じる。
先日の生徒会室での会話が、ユーリは気になってしょうがなかった。

『...もしかして君、ジュディスの事が......』

「ところでリタ、例の「魔導器泥棒」の件は解決したのかい?」
「おい、フレン」
制すようにフレンの袖をこっそり引っ張ったが、フレンはお構いなしだ。
ジュディスのいる目の前で、いったい何を言い出すつもりなのか。
「いいえ。ここ1週間全然音沙汰なし。犯人の気配どころか、盗まれることもなくなったわ」
「なら、事件解決です?」
「だけど盗まれた魔核はまだ元に戻されていないもの。解決とはいえないわね」
「犯人の心あたりは、何かあるのかい?」
「それは......」
リタは、ちらりとジュディスを見た。
彼女は静かにお茶をすすると、にっこりと微笑んでリタとフレンを見た。
「そうね。リタが私を監視しているおかげかしらね」
「おい、ジュディ」
自分が何を言っているのか解っているのだろうか。
ユーリの焦る気持ちとは裏腹に、一瞬にして険悪な空気が場にたちこめる。
「......そうね。ずっとあたしの研究にべったり付きっきりだったもんね」
リタの声が、一段と低くなる。
「あんた。あの研究が何の研究か知ってて、ずっと見てたでしょ」
「ええ。魔導器の魔核を作る実験をしてた、のよね」
「やっぱり。魔導器に興味を示してること、あたしも何となく感じてた」
「ちょっとリタ、ジュディス...」
その空気に耐えきれずエステルがおろおろとし始める。
しかし構わず、ジュディスは言葉を続けた。
「あなたが私を監視している間、事件は起きなかった。それは紛れもない事実ですもの」
なのにジュディスは、隠すつもりもないらしい。
状況は、明らかにジュディスに不利なのに。
「ジュディ、てめぇ自分が何言ってるのか解ってんのか」
「解っているわ。だけど、私の無実を証明する証拠がないのも、また事実」
「だけど、ジュディスがやったという証拠だって、何もないです!」
「ごめんなさいね。私、嘘は苦手なの」
「ジュディス......」
たまらずにエステルが声をあらげるが、ジュディスはただ、ありがとうと答えるだけだ。
「ジュディス。本当のことを話してくれないか」
フレンがなるべく落ち着いた声で話しかける。
「...そうね。ただ、私の口から話したことが、本当のことと信じてくれるのならば...だけど」
「う......」
一同の視線が、リタに集まった。
リタだって、別にジュディスのすべてを否定したいわけではない。ただ、証拠がないだけなのだ。
ジュディスがやっていないという証拠があれば、本当の犯人を見つけられさえすればよかったのに。
だけど今あるのは、ジュディス本人の言葉だけで。
「あーっ、もう解ったわよ。聞いてあげる。そして、信じてあげるわよ。あんたの事」
「リタ......」
「う、嘘は苦手、なんでしょ」
ジュディスは瞳を丸くした。
そっぽを向いているリタは、耳まで真っ赤にしている。
「ありがとう、リタ」
「べべ別に、例を言われる筋合いはないわよ。だけど嘘しゃべったら、そのときは本気で許さないからねっ」
「そうね」
リタの挙動不審に、思わず和やかな空気がながれた。
フレンも、これならジュディスは心配ないであろうと判断したのか、その場に立ち上がった。
そのとき。
「あ〜、いたいたリタっち。探したわよ」
白衣を翻し、丘の上へ駆けあがってきた教師がひとり。
何事かと思い、フレンが声をかけた。
「レイブン先生。......大丈夫ですか?」
「ホント、年寄りには堪えるわ、この坂」
ぜいぜいと息を切らしているレイブンの手には、白い麻袋があった。
「なによ。おっさんには用事ないわよ」
「リタっちにはなくてもおっさんにはあるの。って、先生いいなさい!」
「あー、はいはい。一人漫才はいいから、早く用件話せって。オレたちヒマじゃねんだよ」
「ユーリ君......」
いったいこんな生徒に誰が育てたのか。
レイブンはげんなりしたが、確かに今はいちいち問いただしている時間もないわけで。
「実は、リタっちに見てもらいたいものがあるのよ」
「あたし?高いわよ」
「いいじゃないのよ。化学部員なんだから」
「...化学部に入ったつもりもないし、あんたも幽霊顧問でしょうが」
「まあまあ、細かいことは置いといて。これなんだけどさ」
そう言ってレイブンが袋から取り出したのは、色とりどりの石。
「これ...、魔核?」
「そそ。学園の魔導器の調子が悪いから直せって校長に言われたんだけどね。外したものの、どうしたら良いのか解んなくってさ」
「......」
「オイおっさん。その魔核、校門のそばの照明のやつか?」
「え?そうだけど」
「その中に図書室のも、あります?」
「さっすが嬢ちゃん、よく知ってるね」
「もしかして、音楽室の拡声器も......」
「生徒会長は、やっぱり情報通だっね〜」
関心しているレイブンをよそに、なんとも言いがたい空気がたちこめる。
どおりで教師たちが騒ぎ立てるなと釘を指したはずだ。
ここ1週間何もなかったのも、修理が必要な魔導器が他にないだけで。
「え、ちょっとちょっと。皆どうしたの?」
不穏な空気をようやく感じ取ったのか、レイブンが少し後ずさった。
「ちょっとおっさん、そこに正座」
「え、リタっち...」
「レイブン先生、ひどいです」
「せめて生徒会に一言くらい言っておいてくだされば...」
「おかげで私も、疑いをかけられて大変だったわ」
「こりゃあ一発殴らねぇと、気がすまねぇよなぁ?」
ボキボキッと指をならしたユーリに、血の気が引く思いがした。
「ちょっ、キミたち。校内暴力反対......」
「うっせぇ!覚悟しな、おっさん!!」
「ぎゃああぁぁぁぁ!!!!」


斯くして、魔導器事件は無事に解決した。
一人の犠牲者をのぞいて。
(笑)



(4)へつづく。






(2010.06.08)



もどる