放課後。
ユーリはラピードとともに、丘の上で昼寝を満喫していた。 今頃リタたちは、今日も実験に励んでいることだろう。 昼寝を決めて瞼を閉じていたのに、側に人の気配がしてユーリは瞳をあけた。 視界に入ってきたのは、ふわりとなびくスカートの裾。 「......ジュディ、中が見えるぞ」 「あら。見たいのなら別にいいのよ」 「や、後が怖いからやめとくわ」 よいしょと声をかけて、ユーリは体を起こした。 良く考えれば爆弾発言のジュディスの台詞は気にしないことにして、おおきく背伸びをする。 「もう落ち着いたのか?」 何が、とはあえて言わない。 「ええ。おかげさまで」 ジュディスも、微笑みながら頷いた。 丘の向こうから、部活動に励む生徒のかけ声が聞こえてくる。 ここからは広大な敷地を持つ学園も一望できて、心地よい風が駆け抜ける。 風になびく長い髪を耳にかけ、ジュディスはまぶしそうに瞳を細めた。 「相変わらず、この場所が好きなのね」 「...別に、そういう訳じゃねーよ」 「楽しそうね。毎日」 「そっか?騒がしくなっただけだって」 ジュディスが居ない間に、ユーリの周りはすっかり変わっていた。 それまで、どこか人を寄せ付けない空気を出していたユーリ。実際にユーリに近づいてくる人間は、あの幼なじみの生徒会長くらいのものだった。 なのに今は、ユーリの側には優しい人の姿がある。 ユーリの表情を見て解った。彼は、本当に楽しそうだ。 「いい子たちね。あの子たち」 「ん?」 「貴方が側に居るのを許したのも、解る気がするわ」 「よせよ。何様だ?オレは」 「ごめんなさい。気にしないで」 「イキナリ容疑者扱いされたのにか?」 「あれは私も悪いもの。まだ未練も吹っ切れてなかったから......」 そう言って、自然と視線はグラウンドの方へ向く。 あの片隅にある照明の魔導器を、思わず眺めてしまっていた自分。 動機がなかったのかと問われれば嘘になる。 心の中で、魔導器に対して恨み辛みを並べ得ていた。それは本当のことで。 「...あの子が持っていた魔核を見たときは、胸が裂かれるような思いだった。まさか人の手で魔核を作れるようになるだなんて」 「......」 「そして、彼女の実験を見て確証した。もしあの実験が、もっと早くに確立されていれば。もしかしたら、父は――」 言葉を詰まらせた彼女の瞳から、ぽろりと滴がこぼれ落ちた。 魔導器の魔核は、限りある資源として重宝されている。 その魔核の元となる原石は、地中から発掘されているためだ。 だが最近は魔道器の需要が高まってきていることもあり、無計画な発掘作業が強要されていると聞く。 そして半年前、その発掘現場が崩落する大規模な事故があった。 ジュディスの父もそれに巻き込まれ、命を落とした――。 「『もしかしたら』なんて話は、あんま好きじゃねぇな。過去はもう、どんなに足掻いたって取り戻せねぇんだから」 「そうね。そのとおりだわ」 「だけど、.......そんなにすぐに吹っ切れるもんでもないだろ」 「......」 「オレも、そうだったんだから......」 そのユーリの声は、本当にちいさな声だったけれど、確かにジュディスの耳に届いた。 ユーリが、自分のことを口にするのは珍しい。 いや、もしかしたら初めてではないだろうか。 驚きを隠せなかったが、同じ心に闇を背負う者同士、心を許してくれたということなのだろうか。 それとも......。 「だけど吹っ切らないと、自分が弱くなってしまうような気がしたの。もうこのまま、立ち上がれないんじゃないかって」 「だけどお前は、今立ってんじゃねぇか。ここに」 「ユーリ......」 「お前は、一人じゃないんだからさ」 ざざっと風が大きく吹いて、周囲の木々を揺らした。 身体に感じるだけではなく、心の中にも大きく吹いた風。 なぜだか、また泣きたくなってしまった。 「やっぱり貴方、変わったわ」 「ん、そうかもな」 声も立てず涙を流すジュディスに、ユーリはそれっきり何も言わず、ただ側で微笑んでいた。 「ユーリ!!」 やがて、遠くから鈴の鳴るような声が響いてきた。 桃色の髪の毛が揺れて、こちらへと近づいてくる。 「ユーリ。あ、ジュディスも。ヒマならちょっと来てください」 「なんで」 「リタがまた実験に失敗して、化学室がめちゃくちゃなんです。片付け手伝ってください」 「はぁ?何でオレが。めんどくせぇ」 「うふふ。なら、私がお手伝いにいくわ」 「ありがとうございますっ!ああ、お手伝いのお礼にリタがクレープごちそうするって言ってましたよ」 「なにっ!?」 「だけど、お手伝いしてくれないユーリは食べられないですね。残念です」 「くっ......」 クレープを引き合いに出してくるとは卑怯な。 本気で悩むユーリの顔もまた新鮮で、ジュディスは久しぶりに思いっきり笑ったのであった。 おしまい。 |
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