ちいさな宝石。(1)

12月にしては、あたたかい日であった。
小高い丘の陽だまりで、ユーリ・ローウェルは昼寝を満喫していた。
その隣には、相棒ラピードの姿も。
この学園ではよく見られる、いつもの光景。
そんな彼らに声をかける者は誰もいないのも、いつもの光景。

少し前ならば。

さくさくと芝を踏みしめる音が近づいてきて、ゆっくりと目を開ける。
「ごめんなさい。起こしてしまいました?」
そこには、自分を見下ろしてくる桃色。
「いや、起きてたから平気だ」
よっ、と小さく声をかけ、身体を起こした。
「隣、いいです?」
「ああ」
彼女はふわりとスカートをなびかせ、ユーリの隣に座った。
エステルことエステリーゼ。
彼女は、この学園の若き理事長のいとこにあたり、そのサポートをするために先日転入してきた。
転入初日に、某親友がらみでとある事件があり、それがきっかけでこうして顔見知りとなったのだが。
「うわぁ!素敵な眺めですね」
丘の裾に広がる光景に、エステルは歓喜の声をあげた。

私立ザーフィアス学園。
小・中・高・大学部と、一貫したエスカレーター式のこの学園は
ザーフィアス財閥の資金力と比例するかのように、広大な敷地を有していた。
ここからは、その様子を一望することができる。
高等部はすぐそこに見えるものの、小等部・中等部の校舎はかすんだ中にようやく確認できるほどだ。
(...無駄に広いだけだと思うんだけどな)
庶民のユーリにとっては、この規模の意味がよくわからない。
それでもこの学園に通っているのは、ある事情があってのことなのだが。

「気持ちいいですね、ここ。ぽかぽかします」
にこにこと隣に座るエステルの横顔を、ちらりと見た。
彼女が転入してきて、約2週間が経つ。
それまで、自分に声をかけるなんて物好きな人間はいなかったのに
そんな事情を知ってか知らずか、エステルはいつでも気さくに声をかけてくるのである。
それが昼休みであっても。放課後であっても。
いつもひとりでやってくる。
「......なあお前。友達とか作んねーの?」
「え......」
振り向いた大きな翠緑色の瞳が、大きく揺れるのがわかった。
ユーリはそれに気付かないフリをして、腰をあげた。
「あんまり、俺なんかとかかわらないほうがいいぜ」
風邪ひかねぇうちに帰りなと、手をひらひらと振って、ユーリはラピードと共に丘を下りて行った。
ひとり取り残されたエステルは、その後ろ姿をしばらく見つめることしかできなかった。

夕暮れに染まる長い廊下を、ひとりで歩く。
先ほどのユーリの言葉が、耳をついて離れない。
『友達とか作んねーの?』
作りたくないわけじゃない。
だが、幼いころより同年代の人と触れ合う機会の少なかったエステルは
こういう時にどう接すればいいのかを知らない。
輪に入っていこうとしても、何故だか壁を感じてしまうのだ。
見えないのに、破ることのできない壁。
この学園に入り、フレンと知り合い、そしてユーリと出逢った。
新しい自分に変われるチャンスかと思っていたが、彼らは2年生で自分は1年生という環境では
毎日べったりというわけにはいかない。

また同じことを繰り返してしまうの?

脳裏によぎる自分の言葉に、深いため息が漏れる。

その時。

 どっかーん!!!

「きゃっ!!」
突然の爆発音とともに、目の前の教室のガラスが一斉に砕け散る。
そして、白煙があたりに立ち込めた。
廊下に人気はなかったが、教室中に人がいるのではと、とっさに足が動いていた。
もうもうと立ちこめる煙の向こうに、咳き込む声が聞こえる。
エステルは、なるべく煙を吸い込まないように口元を押さえて、その方へ駆け寄った。
「大丈夫です?」
「げほっごほっ!ああもう、失敗だわ」
目尻に涙を浮かべて咳き込む彼女は、エステルの存在を無視して立ちあがり、実験器具が散乱する机へと向かう。
差し伸べようとした手は行き場を失い、ぽかんとその姿を眺めるしかできず。
とりあえず、怪我などはしていないようだが。
「あ....あのぅ.....」
おずおずとその白衣後ろ姿に声をかけると、彼女はきょとんとした顔で振り向いた。
「ん?何?」
先ほどの爆発など無かったかのように、平然と振る舞う姿に、エステルもぽかんとしてしまう。
「あ、あの、怪我とか大丈夫...です?」
「ああ。いつものことだから気にしないで」
「はぁ.....」
それだけ言うと、再び机の上へと顔を向けてしまった。
エステルは立ちあがり、改めて教室を見回した。
壁の棚にはビーカーやフラスコなど、見覚えのある器具が並んでいる。
どうやらここは、科学室のようだ。
そしてゆっくりと、彼女が熱心に向かう机へと移動する。
試験管には色とりどりの液体が並び、アルコールランプで温められた真っ赤な液体が、ぐつぐつと沸騰している。
まるで、童話の世界に出てくる魔女の呪いのような。
机の上に置かれている実験器具をゆっくり眺めていると、ふとある物に目を奪われた。
布の敷かれたちいさな箱に、ちいさな宝石のような物が並んでいる。
「すごい、きれい.....」
赤・青・緑と色とりどりで、形は不揃いだがささやかに光を放っている。
「それ、魔核よ」
「...こ...あ......?」
「そう、魔道器についてるやつ。知ってるでしょ?」
白衣をまとった彼女は、手を休めることなく説明する。
「どうして魔核が、ここにあるんです?」
きらきらと光る魔核を見つめたまま、エステルは首をかしげた。
魔道器(ブラスティア)は、この世界の生活をささせる物だ。
照明、水道、自動車等、あらゆる物はこの魔道器が動力となっている。
そして、その魔道器を動かすためには魔核が必要なのだが
魔核は地中深くから採掘することでしか入手できず、また限りある資源として高級な価格で取引されている。
そんなものが、何故ここにあるのか。
「それ、あたしが作ったの」
「ええっ!」
エステルは驚愕の声をあげたが、当の本人は涼しげな顔のままだ。
人の手で作りだすことができないから、魔核は高額なのだ。
それを、作った....なんて。
「でも、まだだめ。全然使うことができない。
 もっと大きくて安定したやつじゃないと、実用化なんてまだまだ先ね」
作りだしただけでもすごいと思うのに、本人は全く納得していないようだ。
彼女はいったい...。
エステルは、彼女の顔を見上げた。
「で.....」
それでも、この込み上げてくる思いを抑えることができず、気付けば声を張り上げていた。
「でも、すごいですっ!魔核を作ってしまうなんてっっ!!」
突然の大きな声に、彼女もびっくりして手を止めた。
「なっ、何....」
「今はまだ小さくても、きっとちゃんとした物ができるはずです!
 そしたら、皆の生活ももっと豊かになるし....ほんとすごいですっっ!!」
エステルは彼女の手を両手でがっしりと掴み、瞳をきらきらさせて顔を覗きこんでいた。
その勢いに、ただただ圧倒されるばかりで。
「......あ、ありがと........」
「あっ....!」
真っ赤な顔でたじたじになっている様子をみて、はっと我に返った。
自分は彼女の名前も知らないし、そういえば自己紹介すらしていなかったことを思い出した。
「ご、ごめんなさい!あの、私エステリーゼっていいます。エステルって呼んでください」
一歩さがって、ぺこりとおじぎをする。
「あ...あたしはリタ。リタ・モルディオよ」
リタと名乗った彼女は、白衣の襟をあらためて正すと、ふたたび実験へと戻る。
エステルも、机を挟んでリタの前に座り、実験の様子を眺めた。
「リタは、いつもここで実験をしてるんです?」
「まあね。試してみたいこと、色々あるし」
「.....あの、また見に来ても...いい、です?」
エステルなりの、少し勇気のいる告白だった。
もしかしたら断られるかもしれない、そう思ったから。
リタは実験の手を止めることなく、それほど気にかけるでもなく、口を開いた。
「んー、いいわよぉ」
その言葉に、胸にほっとした風が吹き込まれる。
「はいっ」
エステルの顔に、満面の笑みが浮かんだ。

そして30分後。
日は沈み、時間とともに辺りが暗くなってきた。
会話らしい会話もないまま、エステルは黙ってリタの様子を眺めていた。
「ふぅ」
一区切りついたらしく、一息ついて前髪をかき上げる。
そこで初めて、リタがエステルを見た。
「...エステリーゼ、まだいたの?」
「え、あの....『エステル』って呼んで......」
「早く帰らないと、もう真っ暗になるわよ」
そういう自分はどうなのだとエステルはふと思ったが、口にはしなかった。
その代わりに
「あ...あの....」
少し気まずそうに、視線をそらせる。
「実は....、帰る道がわからなくて.....」
「はあ!?」
リタが驚いて声をあげた。
「ちょっと、そーゆーコトは早く言いなさいよねっ!」
「す、すみません。私、転校してきたところだし、ここまでもぼーっとして歩いてきたもので....」
おろおろするエステルの様子に、リタは大げさにため息をついた。
「しょうがないわね。一緒に帰ってあげるわよ」
その様子とは対照的に、エステルは嬉しそうだ。
「ありがとうございます!あ、片付けお手伝いしますねっ」
今にも鼻歌を歌いだしそうな勢いで、エステルは帰り支度を始めたのだった。


2日後。
「エステリーゼ様!」
移動教室からの帰り。
ひとりで廊下を歩いていると、後方から呼ぶ声があった。
金髪の彼がこちらに走ってきてくるのが分かり、エステルも歩みを止めた。
フレンはエステルの側に寄ると、横に並んでいっしょに歩きだした。
「お久しぶりですね、フレン」
にっこりと笑って、挨拶を交わす。
「すみません。なかなかお構いもできずに。
 本当なら、ゆっくりと構内を案内して差し上げたいのですが....」
「かまいませんよ。フレンも選挙前で、色々と忙しいでしょうから」
聞くところによると、毎年6月と12月には、生徒会長を選出する選挙が行われているらしく、
そしてこの12月の投票日が、来週に控えているらしい。
この隣に立つフレンも立候補していて、さらに有力候補No1なのだと、ユーリに教えてもらった。
「この間の立候補者演説、とてもかっこよかったです」
「エステリーゼ様も来られていたんですか?や...恥ずかしいな....」
照れたように、頭をかく。
その様子を見て、エステルは笑みを浮かべた。
そして、前々から言おうと思っていたことを、ふと思い出す。
「あの、フレン。ひとつお願いがあるのですが.....」
「はい、なんでしょう?」
もちろん、自分にできることなら何でもと、首をかしげてエステルを見ると
彼女は少し頬を赤らめて、小さな声でつぶやいた。
「...あの、学校で『エステリーゼ様』は、やめにしません...?
 フレンのほうが先輩なのに、何かおかしい...です」
それに敬語も....と続ける。
「いえっ、そんな!....いや、そうですね.......」
正直フレンには抵抗があったが、言われてみると確かに学校では不自然だ。
エステルの立場を知っているものは、この学園にはほとんどいない。
本人の希望から、周りに事情を話すことを控えているのだ。
知っているのは自分と、かの親友だけと思われる。
フレンは少し考えたあと、エステルを振り向いた。
「わかりました。それでは、呼び方も敬語も気をつけますね。
 エステリーゼさま.......あ!」
気をつけると言ったそばから全く改善されていないことに、言った後に気がついた。
「もう、フレン。しっかりしてください!」
あはははと笑いながら、和やかな空気がふたりの間を流れていた。

そんなふたりの様子を、影から見つめ続ける者がいた。
いや、正確には『者たち』で。
不穏な影が身近に迫っていることを、まだふたりは知らなかった。



(2)へつづく。




リタ登場です〜。
設定は、現代っていうより、ファンタジー高校って感じですね。
ユーリがロンリー(笑)



(2009.11.03)



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