やがて森を抜けて、少し開けた場所へと出た。 そこには何かパーティでも催されるような、大きなテーブルセットがどんと置かれている。 しかし、椅子はたくさんあるくせに人気は全くない。かといって、セッティングされてから時間が経っているとも思えない。 いったい何のためのテーブルセットなのか。 どうしても気になって、ラピードにそのテーブルへ近づいてもらおうと思ったその時、背後から巨大な影が近づいてきた。 「あら。可愛らしいお客さまね」 声のするほうを見上げると、すらりとした女性の艶めかしい生足が視界に入った。 あまりの大きさにここは巨人の国か?と一瞬思ったが、よく考えてみればオレが小さいままなのだ。 声をかけてきたその本人は、オレに近づくために身をかがめてきて、今度は視界いっぱいに豊満な胸の谷間が広がった。 これは眼福だ......――じゃなくて。 ゆっくりとそこから顔をあげると、彼女は蒼い髪を持つクリティア族、ジュディだった。 「よお、ジュディ」 「あら?確かに私の名前はジュディスだけれど、どこかでお会いしたかしら?」 「はあ?」 彼女はどう見てもジュディだったが、どうやらオレの知っているジュデイとは別人らしい。 ということは、やはりここは別世界とやらなんだろうか。 面倒なことになりそうだ。 考えに更けていると、ジュディの手がこちらへと伸びてきて掬うように抱き上げられた。 「それにしても、可愛いお人形さんね」 「ちょ......、オレは人形なんかじゃねぇぞ。オレの名前はユーリ......」 「お人形さんは、着せ替えをしなくてはね」 「い゛っ!?」 指がオレの服を脱がしにかかってきたので、慌てて彼女の手のひらから飛び降りた。 「なっ、なにしやがるっ!」 「あら。お人形さんといえば着せ替えごっこでしょう?」 「オレで遊ぶな!人形じゃねぇってさっきから.........うっ」 急に吐き気が襲ってきた。 さっきまで何ともなかったのに。 すんげえ気持ち悪ぃ。そして、身体が熱い。 もしかして、あの瓶に入っていたリタの薬。今頃になって副作用が出てきたのだろうか。 「くっ、うあぁぁぁぁ!」 身体の奥から、熱い何かが込み上げてくる。 耐えきれなくなってぎゅっと目を瞑ると、視界が白く染まった。 そして。 ビリッ。ビリビリビリ! 布が引き裂かれる音が耳いっぱいに入ってきた。 やがて熱も治まってきたのでおそるおそる目を開けると、目の前の景色が一転していた。 「なっ......!」 オレは元の大きさに戻っていた。 しかし、おかげで服はぼろぼろ。小さくなる時は服もいっしょにちいさくなったのに、なんででかくなる時は違うんだよ。詐欺じゃね? そしてオレは気が付いた。 しまった。目の前にジュディが居たんだ。 なるべく大事なところを見せないように(見られないように)、ゆっくりと振り向いた。 彼女は一糸纏わぬオレの姿に恥じらうどころか、まじまじと見つめている。 そしてオレと目が合うと、にんまりとその瞳を細めた。 「あらあら。ますますお着替えしないといけなくなってしまったわねぇ」 「ちょ、あの、ジュディスさん?」 やべぇ、目がマジだ......。 逃げようにも、さすがにこの格好で走り回れない。 どうすることもできないオレに、とうとうジュディの魔の手が伸びた。 「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁ!」 叫ばずにはいられなかった。 あれから嫌がるオレに対してジュディが無理矢理着せてきた服は、女物だった。 しかもいつから準備していたのか、サイズはぴったりだった。これでも身長、180センチはあるはずなんだけどな。 やたらふわふわした水色のスカートに、ふりふりの白のエプロンようなもの。下着は薄いピンクの.......いや、この際そんな事はどうでもいい。 「オイ、ジュディ。なんだこの服は」 「うふふ。よく似合ってるわよ。『アリス』」 「オレは男だぞ」 「ごめんなさい。貴方に合うサイズの服がこれしかなかったの」 .....全然悪いと思ってねぇな、こいつ。 おかげでオレの男としてのプライドはずたずただったが、そんなことはジュディには通用しなさそうだ。 大きくため息をつくことで、色んな感情をやりすごす。 「......つか、さっきの『アリス』って何だ」 「貴方の名前でしょう?」 「違ぇよ。オレの名前はユー......」 「貴方は、『アリス』よ」 ジュディの細い人差し指がゆっくりと伸びて来て、そっとオレの口唇に触れた。 そして彼女の艶やかな口唇が、言葉を紡いでいく。 まるでオレの心に刻み込む、魔法の呪文のように。 「貴方は『アリス』。この世界に迷い込んだ、可愛そうなお人形さんの名前よ」 (3)へつづく |
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