ユーリ in WONDERLAND! (1)

ユーリ・ローウェルは落ちていた。
ずっと、ずーっと、落ちていた。


思い出すのは、さっきの出来事。
子犬の頃のラピードによく似た犬がいたので、思わず後を追ったら、落とし穴に落ちてしまったのだ。
その犬といっしょに。
すぐに襲ってくるであろう衝撃に備えて身を固めたが、それはなかなか襲ってこず、こうして今も落ち続けている。
ずっと、ずーっと続いている、浮遊感。


だがそれは、突然終わりを迎えた。


「あだっ!!」
お尻に衝撃を感じて、その痛みをやり過ごすためにその場にうずくまった。
だが、落下していた時間の割にまだ衝撃は軽い。
オレはイテテと声を漏らしながら、辺りを見回した。
そこは寝るにも窮屈なほどの狭い部屋だが、どこか違和感があった。
この部屋には、窓も扉もなかった。あるのは、真ん中に置かれたテーブルと、壁に掛けられた1枚の絵だけ。
「やっべ。閉じこめられたか?」
来た道を戻ろうにも上から落ちてきたのだ。しかも落ちていた時間を考えれば、登ろうにも無理なわけで。
どうするかと改めて辺りを見回すと、先ほどのラピードにそっくりな子犬のしっぽが見えた。
「ん?何やってんだ?」
覗きこむと、その犬は壁に向いて座ってしっぽを振っている。
身を屈めてその視線の先を見やると、そこには小さな扉があった。
ちょうど、子犬が通れるくらいの大きさの。
「なんだ。ここ通りたいのか?ほらよ」
「わんっ」
扉を開けてやると子犬は礼を言うように一言吠えて、その扉の向こうへと出ていった。
扉の向こう側は、どうやら外らしい。
涼しい風に乗って、草と太陽の匂いが流れこんでくる。
しかし、自分ではこの大きさの扉は潜れない。
「さてと。オレはどうすっかな?」
とりあえずもう少し探索してみようと足を踏み出したとき、ぴちゃりと水の音がした。
「あ?」
見ると、いつの間にか足下に水が溜まっていた。ちょうど、床から3センチほど。
「おいおい、勘弁してくれよ」
どこから水が流れてくるのかなどさほど気にせずに部屋中を見て回ったのだが、出口になるようなところはどこにも見当たらない。
そしてそうこうしている間にも、水は足首の辺りまで増してきていた。
このままじゃヤバいかもなぁと思ったその時、テーブルの上に液体の入った瓶を見つけた。
その瓶には、何やらラベルが貼ってある。
「......『飲みなさい』?」
なんて上から目線な手紙だろう。そして、隅には見覚えのあるイラストが添えてある。
きっと自分の似顔絵のつもりなのだろう。この手紙の主は確実にリタだ。
きっとリタのことだ。身体に害のある液体を飲めとは言わないだろう。何が起こるのかは解らないけれど。
オレはさほど疑いも持たず、その液体を一気に飲み干した。
「うっ!......くあっ」
苦かった。とてつもなく苦かった。
あまりの苦さに、思わず瓶が手から落ちる。
それを拾おうと手を伸ばした瞬間、目に映る景色がみるみると変化していくのが解った。
テーブルがどんどんと大きくなっていき、壁に掛けてある絵が遠くなっていく。
いやこれは、自分が小さくなっている!?
「ちょ...!」
このまま小さくなってしまっては、水に溺れてしまう。
オレは慌てて、水に浮かぶ瓶へと手を伸ばした。
そして間一髪、瓶の中へと身体を滑り込ませることに成功する。
そう。オレは瓶の中に入れるくらいに小さくなってしまったのだ。
「ったく。何がどうなってんだ?」
しかし、小さくなってしまったことと口の中に苦みが残っていることを除いては、特に身体に異常はなさそうだ。
オレは観念して、瓶の中であぐらをかいた。
瓶は水の流れに任せて、どんぶらこ、どんぶらこと流れていく。
このまま、どうなるというのだろうか。
「ん?」
ふと、瓶に貼ってあったラベルの裏に何か文字が書かれているのを見つけた。
それは、先ほどと同じリタの文字で、

『あとは自分でなんとかしてね』

と書かれてあった。
「......おいおい」
やがて、オレを乗せた瓶は、子犬が出ていった小さな扉をくぐっていった。



いつの間にか眠っていたらしい。
オレが入っていた瓶は、草の上へと流れ着いていた。
「......どこだ、ここ」
いったい、どこへ来てしまったのだろう。
オレは外へと出て、周囲の散策を始めた。
辺りを見回せばそこはどこかの森のようで、自分の背丈よりはるかに大きい草や木が生い茂っている。
いや違う。今は単に自分が小さくなっているだけなのだ。
もし今魔物に襲われでもしたら、ひとたまりもないだろう。
嫌な予感が頭をよぎったそのとき、草ががさりと音を立てた。
「!!」
瞬時に物音の方向に身体を向け、警戒を強くする。
しかし今は丸腰の身。どうするか。
近づいてくる気配に、息をひそめて耐える。
そしてオレの目の前に、それは現れた。
「――っ!」
現れたのは、ラピードによく似た子犬だった。オレより先に、あの小さな扉を出ていった。
「なんだ。お前か......」
オレは大きく息を吐いて、緊張を解いた。
先ほどまでは膝にも届かないくらいの小さな犬だったのに、今は自分が見上げるほどだ。
大きくなったなぁ、ラピード。......じゃなくて。
しかし、見れば見るほどラピードによく似ている。子供の頃から少し目つきが悪かったところも。
少し懐かしい気分になって見上げていると、子犬の鼻が近づいてきた。
ぴくぴくと動いて息がかかる。きっと自分の存在を確かめられているのだろう。
そして、かぱりと口をあけた。
しまった。この頃のラピードって、噛み癖があったんだっけ。
もしかして、喰われる!?
「ちょ......!!」
止めようとしたが、時すでに遅し。
オレはぱくりとラピードにくわえられ、そして宙を舞った。
「おわっ」
何が起こったのか理解できずにとっさに受け身の体制をとると、背中に柔らかい感触が当たった。
そこは、子犬のふわふわの毛並み。オレは子犬の背中の上にいた。
どうやら、喰われるのではなさそうだ。
「......お前。もしかして、どこかに連れてってくれんの?」
「わんっ」
「さんきゅ、ラピード」
もうめんどくさいので、この子犬はラピードと呼ぼう。
いや、もしかしたら本当にラピードなのかもしれない。
オレはそんなことを考えながらラピードに行き先を任せて、その毛並みに顔を埋めた。


(2)へつづく






(2010.06.20)



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