目の前にフレンが、いた。 『ユーリ』 オレの名前を呼ぶ声にいつものようなトゲは全くなくて、むしろ優しさで満ちているように思える。 柔らかい金髪と、同じくらいに柔らかい蒼の瞳。 そして、ふんわりと蕩けるような微笑みを浮かべて。 やっぱ、笑ってる顔のがいいって。 ずっとそうやって、笑ってろよ。 『ユーリ、......きだ』 ......なあ、なんかオレたち、距離近くね? しかも、だんだん近づいてきているような。 このままだとさ、アレだ。 ほら、あ......。 唇と唇が、ふれる―― 「――っ!」 視界に飛び込んできたのは、やっぱり見慣れた天井だった。 ...また、夢? 頭を動かすと、隣のベッドには、相変わらずこちらに背を向けて寝ているフレンがいた。 さっきの夢、何だ? 夢の中の笑顔のフレンと、オレは、何を...した? 「......っ!」 思い出したくもなくて、頭から布団をかぶった。 さっさと寝てしまおう。 もう一度寝ればきっと、夢のことなんて忘れられる。 大体何なんだ。2日連続でフレンが夢に出てくるなんて。 何かの、呪いか? 「構え。――始めっ!」 ユルギス副隊長の声が響いたと同時に、ふたりが同時に踏み込んだ。 今日の訓練は相稽古。1対1で、実践さながらに剣を交わす。 とはいっても、使うのは木製の模倣刀なんだけど。 正直、物足りないっちゃ物足りないが、集団行動訓練みたいな退屈なのよりは、全然いい。 「よし、そこまで。次、前へ」 「よっしゃ」 ようやく順番が回ってきて、オレは腰をあげた。 一度大きく延びをして、身体をほぐす。 開始位置へと歩みを進めると、反対側から剣を交える相手が姿を現した。 その相手は―― 「フレン......」 結局あれから寝付けなくて、一睡もできなかった。 夢の中のフレンは、いったいオレに何しようとしてたんだ? やっぱ、あれって......。 くそっ。訳わかんね。 たかが夢なのに、何でこんなに気になるんだよ。 「構え。始めっ」 「はっ!!」 かけ声に気づいて意識を戻すと、すでにフレンがこちらへ突進してきていた。 「くっ」 真正面から剣を受け止めてしまい、手首に痺れが走る。 やっぱコイツの一撃、重い。 なんとか力任せで振り払い、横へと飛びのいた。 一瞬出遅れてしまった。やべぇ、集中しねぇと。 「はっ!やぁっ!」 それでもフレンは容赦ない。次々と振りおろされる剣を、右へ左へと流していく。 「どうしたユーリ!押させれるぞ」 周りからのヤジが耳に入る。言われなくても解ってるっての。 「ちっ。だぁっ!」 隙を狙って斜め下から飛び込んだが、それも読まれていたのか剣で受け止められる。 「くそっ」 至近距離での鍔迫り合い。お互いに譲らず、睨み合ったまま間合いを計る。 油断して引いたほうが負ける。そう解っていたハズなのに。 ふと、目を奪われてしまった。 フレンの、唇に。 夢の中でオレは、あの唇と――。 「――っ、はあっ!」 「!!おわっ!」 意識が逸れたのがフレンに伝わってしまった。 視界が反転して、一面空の青が広がる。 フレンに凪払われたオレは、無様にも地面に飛ばされた。 「待て。そこまで!」 そして、ユルギスの声が響いた。 「ユーリ。なんだその様は。全然集中していないじゃないか」 「......」 呆れたように言われた言葉に、反論ができない。油断していたのは事実だから。 「もういい。お前は下がれ。次、前へ」 「なっ、もう一回やらせてくれよ」 「駄目だ。ちょっと頭冷やしてこい」 「......ちぇっ」 それもこれも、全部あの夢が悪いんだ! なんだってんだよ、ったく。 「おい、ユーリ」 後ろから声をかけられて、心臓がドキリと音をたてた。 振り向けば、肩で風を切るような勢いで近づいてくるフレンの姿。 「さっきのアレは何だ。君は訓練を何だと思ってる。もしあれが実践だったら......」 「はいはい。解ってるっつの」 「解っていない!だいたい、君はいつも...」 長い長いお小言が始まる気配がして、顔を背けた。 よくもまぁ、こんなに次から次へと言葉が出てくるもんだ。 そんな言葉は、オレの耳には入らない。 だけど。 ちらちらと、無意識に視線がフレンに向いてしまう。 視線が向かう先は、彼の口元。 よく動く唇。 もし、あの唇に触れたら――。 「おい。聞いているのか、ユーリ!」 「っ!!」 強い語調に、身体がびくりと跳ねた。 意識を戻すと、フレンは大きくため息をついた。 「いったいどうしたんだ。訓練に集中できないなら、さっさと部屋に帰るんだな」 「......わり。そうするわ...」 「え...。おい、ユーリ」 オレの反応を予想してなかったのか、背中でフレンの戸惑う声が聞こえたが、あえてそれを無視した。 やっぱオレ、どこかおかしい。 たかが夢なのに、あの夢が頭から離れなくてどうしようもない。 こんなにも、フレンのことが気になっちまうなんて。 (2)へつづく。 |
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