「う〜〜〜」 ユーリは全身から不機嫌オーラを漂わせて、フレンのベッドの上に居た。 「ユーリ。いい加減、観念したらどうだい?」 フレンは苦笑を浮かべながらベッドの側へ椅子を寄せてきて、腰を掛けた。 「大体こうなったのは、君が油断したせいなんだから。自業自得だよ」 「そうなんだけどよ。くっそ。落とし穴に落ちるなんて、自分が情けねぇ」 「あはは。でも見たかったな。ユーリが落とし穴に落ちるところ」 「てめぇ、人事だと思って」 「ごめんごめん」 謝罪の言葉を口にするも、目元も口元も綻んだままで、どうも本心とは思えない。 「本当にごめんって。いい加減、機嫌なおしてよ」 そっぽを向いてやると、ご機嫌取りでもしてくれるのか、フレンは今度はベッドの縁へと腰を移動させてきた。 「だけど、おかげでこうやって僕も久々の休みをもらえたんだ。不謹慎だけど、ユーリの側に居られて嬉しいよ」 そう言って、ふわりと髪を撫でてくる。 だが、フレンの言葉に思わず眉間に皺が寄った。今、何て。 「ちょっと待て。なんでお前まで休みなんだよ」 「エステリーゼ様に言われただろう?ユーリの監視のためだよ」 「仕事はどうした。騎士団長」 「1週間くらいなら、ソディアが何とかしてくれるって」 「はあ!?」 まさか、本気で1週間休むつもりなのか。 天下の騎士団長が、落とし穴に落ちたマヌケなヤツのために。 星喰みが滅んで、魔導器が無い生活に慣れてきた今日。人々の間には、平和ボケまで始まってしまっているんじゃないだろうか。 「そんなべったり付いてもらってなくても、こんなん放っておけばすぐに治るだろ」 「そうはいかないよ。ユーリのことだ。窓から逃げだそうとして木から落ちて、悪化させたらどうするんだい?」 「いくらオレでも、そこまでマヌケじゃねぇっ!」 「皆、それだけユーリのことが心配なんだよ」 「......オレには、お前の下心しか見えねぇよ」 「そんなことないよ!失礼な」 とか口では言うくせに、フレンの視線はうろうろと泳いでいる。 本当に下心がないのなら、まっすぐこっちを向いて言えよ...。 これからの1週間どうなってしまうのか。一抹の不安を抱いてしまったユーリだった。 どうやらフレンは、徹底的に介抱をする気満々らしく、何から何までするつもりのようだ。 そんなにされたら、治った時に身体がすっかり鈍ってしまうだろとボヤいてみるも、全く聞く耳を持ってくれない。 そしてユーリには、最大の心配があった。フレンが思いつきそうな、看病のお約束といえば。 「ユーリ、ごはんできたよ」 朗らかなフレンの声色に、ユーリはビクリと肩を震わせた。 おそるおそる振り返ると、フレンが持つトレイには、それはそれはおいしそうな食事が盛られている。 あまり動けないユーリを気遣って作られたのであろう。低カロリーで、かつ栄養バランスの整ったメニュー。 確かに見た目はたいへんおいしそうだ。そして良い匂いも漂っている。 だが、それだけに騙されてはいけないと、ユーリは身に染みて学習していた。 「ふ、フレン。それ、お前が作ったの...か......?」 「ああ。料理をしたのは久々だったから、少し腕が鈍ってしまっていたよ。やはり、料理はマメにしないとね」 そのまま料理を忘れてしまえばいいのに! なんて、声にできるはずもない。 ことりとサイドテーブルに置かれた料理を見て、ユーリの喉がゴクリと鳴った。 大丈夫。もうフレンの料理は散々喰ってきたた。 久々だけれども大丈夫。 きっと少し意識が無くなるくらいで済むハズだ。 死にゃしねぇ! 決死の覚悟を決めて添えられていたフォークを取ろうと手を伸ばしたが、寸でのところでフォークを取り上げられてしまった。 「ほら。僕が食べさせてあげるよ」 「や、オレ、手は不自由してねぇし......」 せめて自分のペースで食わせてくれ! なんて悲痛な心の叫びは、もちろんフレンには届かない。 「いいからいいから。はい、あ〜ん」 その天使のような笑顔が、悪魔の微笑みにしか見えない。 だが、この悪魔の前では、おとなしくひざまづくしか術はなく。 ユーリはぎゅっと目を瞑って、口を開いた。 「.........」 「.........」 「.........] 「どう?」 「.........うめぇ」 お世辞ではなかった。本当に、フツーに美味しかったのだ。 「レシピどおりに作ったのか?」 「本当に久しぶりだったからね。それに、濃い味付けは今のユーリには負担になるだろうし」 その労りを、普段からも持ってくれればいいのに。というツッコミは置いといて。 想像以上のおいしい料理に気をよくして、ユーリがまた口を開けば、フレンも嬉々として食事を一口運ぶのだった。 夜になって、ユーリは熱を出した。 なんてことはない。怪我を直すために身体が防衛本能として熱を出しただけ。 (決して、フレンの料理に当ったわけではない。念のため) これまでだって、戦闘で怪我を負った夜に熱を出すことはよくあることだった。 フレンにとっても、ユーリにとっても。それは、ふたりとも解っているはずなのに。 「ユーリ、薬だよ」 「ん。さんきゅ」 「大丈夫かい?」 「何て顔してんだよ。そんな心配しなくても大丈夫だって。ガキじゃねんだし」 覗き込んできた顔があまりにも不安でいっぱいになっていたので、ユーリはその頬を軽く撫でてやった。 「うん。解ってるつもりなんだけどね」 フレンはその手に頬をすり寄せて、口唇をそっと当てた。ユーリも、大人しくフレンにされるがままになっている。 熱い、手。 「1週間も経てば治んだろ?お前に看てもらってれば、さ」 「うん、そうだね」 頬を撫でる手に自分の手を重ねてユーリを見れば、そのアメジストの瞳が穏やかに細められた。 看病をしているのは自分のほうなのに、いつの間にかユーリに慰められてしまっている。 これじゃ立場が逆だな、とフレンは自嘲的にちいさく笑って、そしてユーリに微笑み返した。 「あ、そうだ。薬」 うっかり忘れそうになっていたのを思い出し、フレンはサイドテーブルに置いていた薬と水を手に取った。 「おま......っ!」 それをユーリには渡さずに、水と薬を口に含んだ。 「...んんっ......」 ゆっくりと口の中に水を移せば、ユーリは目を閉じて受け入れる。 ごくりと鳴った喉の音を確認したあとも、フレンはユーリを解放しなかった。 「んぁ....ふれ......」 軽く舌先を甘噛みしてやれば、鼻に抜けるような甘い声が漏れた。 熱い口内を深く堪能すれば、ユーリもおずおずと舌で応えてくる。 それに気を良くして、フレンはゆっくりと口唇を離した。 「...はぁっ。薬くらい、普通に飲ませろよ」 軽く抗議するユーリの目元は赤く染まり、少し涙目になっていた。 それは熱のせいだとは解っていたけれど、なぜだか情事の最中を思い起こさせられる。 こんな時にまでうっかり火がついてしまいしうな自分に苦笑し、フレンはユーリの頭を軽くなでた。 「おやすみ、ユーリ。今日はゆっくり休むといいよ。そばについてるから」 「......だったら、一緒に寝てくれよ」 「ユーリ......」 「お前と一緒だと、落ち着くから......」 熱のせいなのか、普段の彼ならば口にしないであろう言葉を素直に口にする。 「うん。ユーリ、いっしょに寝よう」 フレンは、足に負担をかけないようユーリの身体をゆっくり横にずらして、その開いたスペースに身体を滑り込ませた。 片腕を差し出せば、胸元へすり寄ってくる。 くっついた身体はとても熱くて、早くよくなってほしくて、そっと背中をなでてやった。 (3*)へつづく(R指定ご注意!) |
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