ユーリが怪我をしました (2)

「う〜〜〜」
ユーリは全身から不機嫌オーラを漂わせて、フレンのベッドの上に居た。
「ユーリ。いい加減、観念したらどうだい?」
フレンは苦笑を浮かべながらベッドの側へ椅子を寄せてきて、腰を掛けた。
「大体こうなったのは、君が油断したせいなんだから。自業自得だよ」
「そうなんだけどよ。くっそ。落とし穴に落ちるなんて、自分が情けねぇ」
「あはは。でも見たかったな。ユーリが落とし穴に落ちるところ」
「てめぇ、人事だと思って」
「ごめんごめん」
謝罪の言葉を口にするも、目元も口元も綻んだままで、どうも本心とは思えない。
「本当にごめんって。いい加減、機嫌なおしてよ」
そっぽを向いてやると、ご機嫌取りでもしてくれるのか、フレンは今度はベッドの縁へと腰を移動させてきた。
「だけど、おかげでこうやって僕も久々の休みをもらえたんだ。不謹慎だけど、ユーリの側に居られて嬉しいよ」
そう言って、ふわりと髪を撫でてくる。
だが、フレンの言葉に思わず眉間に皺が寄った。今、何て。
「ちょっと待て。なんでお前まで休みなんだよ」
「エステリーゼ様に言われただろう?ユーリの監視のためだよ」
「仕事はどうした。騎士団長」
「1週間くらいなら、ソディアが何とかしてくれるって」
「はあ!?」
まさか、本気で1週間休むつもりなのか。
天下の騎士団長が、落とし穴に落ちたマヌケなヤツのために。
星喰みが滅んで、魔導器が無い生活に慣れてきた今日。人々の間には、平和ボケまで始まってしまっているんじゃないだろうか。
「そんなべったり付いてもらってなくても、こんなん放っておけばすぐに治るだろ」
「そうはいかないよ。ユーリのことだ。窓から逃げだそうとして木から落ちて、悪化させたらどうするんだい?」
「いくらオレでも、そこまでマヌケじゃねぇっ!」
「皆、それだけユーリのことが心配なんだよ」
「......オレには、お前の下心しか見えねぇよ」
「そんなことないよ!失礼な」
とか口では言うくせに、フレンの視線はうろうろと泳いでいる。
本当に下心がないのなら、まっすぐこっちを向いて言えよ...。
これからの1週間どうなってしまうのか。一抹の不安を抱いてしまったユーリだった。


どうやらフレンは、徹底的に介抱をする気満々らしく、何から何までするつもりのようだ。
そんなにされたら、治った時に身体がすっかり鈍ってしまうだろとボヤいてみるも、全く聞く耳を持ってくれない。
そしてユーリには、最大の心配があった。フレンが思いつきそうな、看病のお約束といえば。
「ユーリ、ごはんできたよ」
朗らかなフレンの声色に、ユーリはビクリと肩を震わせた。
おそるおそる振り返ると、フレンが持つトレイには、それはそれはおいしそうな食事が盛られている。
あまり動けないユーリを気遣って作られたのであろう。低カロリーで、かつ栄養バランスの整ったメニュー。
確かに見た目はたいへんおいしそうだ。そして良い匂いも漂っている。
だが、それだけに騙されてはいけないと、ユーリは身に染みて学習していた。
「ふ、フレン。それ、お前が作ったの...か......?」
「ああ。料理をしたのは久々だったから、少し腕が鈍ってしまっていたよ。やはり、料理はマメにしないとね」
そのまま料理を忘れてしまえばいいのに!
なんて、声にできるはずもない。
ことりとサイドテーブルに置かれた料理を見て、ユーリの喉がゴクリと鳴った。

大丈夫。もうフレンの料理は散々喰ってきたた。
久々だけれども大丈夫。
きっと少し意識が無くなるくらいで済むハズだ。
死にゃしねぇ!

決死の覚悟を決めて添えられていたフォークを取ろうと手を伸ばしたが、寸でのところでフォークを取り上げられてしまった。
「ほら。僕が食べさせてあげるよ」
「や、オレ、手は不自由してねぇし......」
せめて自分のペースで食わせてくれ!
なんて悲痛な心の叫びは、もちろんフレンには届かない。
「いいからいいから。はい、あ〜ん」
その天使のような笑顔が、悪魔の微笑みにしか見えない。
だが、この悪魔の前では、おとなしくひざまづくしか術はなく。
ユーリはぎゅっと目を瞑って、口を開いた。
「.........」
「.........」
「.........]
「どう?」

「.........うめぇ」

お世辞ではなかった。本当に、フツーに美味しかったのだ。
「レシピどおりに作ったのか?」
「本当に久しぶりだったからね。それに、濃い味付けは今のユーリには負担になるだろうし」
その労りを、普段からも持ってくれればいいのに。というツッコミは置いといて。
想像以上のおいしい料理に気をよくして、ユーリがまた口を開けば、フレンも嬉々として食事を一口運ぶのだった。



夜になって、ユーリは熱を出した。
なんてことはない。怪我を直すために身体が防衛本能として熱を出しただけ。
(決して、フレンの料理に当ったわけではない。念のため)
これまでだって、戦闘で怪我を負った夜に熱を出すことはよくあることだった。
フレンにとっても、ユーリにとっても。それは、ふたりとも解っているはずなのに。
「ユーリ、薬だよ」
「ん。さんきゅ」
「大丈夫かい?」
「何て顔してんだよ。そんな心配しなくても大丈夫だって。ガキじゃねんだし」
覗き込んできた顔があまりにも不安でいっぱいになっていたので、ユーリはその頬を軽く撫でてやった。
「うん。解ってるつもりなんだけどね」
フレンはその手に頬をすり寄せて、口唇をそっと当てた。ユーリも、大人しくフレンにされるがままになっている。
熱い、手。
「1週間も経てば治んだろ?お前に看てもらってれば、さ」
「うん、そうだね」
頬を撫でる手に自分の手を重ねてユーリを見れば、そのアメジストの瞳が穏やかに細められた。
看病をしているのは自分のほうなのに、いつの間にかユーリに慰められてしまっている。
これじゃ立場が逆だな、とフレンは自嘲的にちいさく笑って、そしてユーリに微笑み返した。
「あ、そうだ。薬」
うっかり忘れそうになっていたのを思い出し、フレンはサイドテーブルに置いていた薬と水を手に取った。
「おま......っ!」
それをユーリには渡さずに、水と薬を口に含んだ。
「...んんっ......」
ゆっくりと口の中に水を移せば、ユーリは目を閉じて受け入れる。
ごくりと鳴った喉の音を確認したあとも、フレンはユーリを解放しなかった。
「んぁ....ふれ......」
軽く舌先を甘噛みしてやれば、鼻に抜けるような甘い声が漏れた。
熱い口内を深く堪能すれば、ユーリもおずおずと舌で応えてくる。
それに気を良くして、フレンはゆっくりと口唇を離した。
「...はぁっ。薬くらい、普通に飲ませろよ」
軽く抗議するユーリの目元は赤く染まり、少し涙目になっていた。
それは熱のせいだとは解っていたけれど、なぜだか情事の最中を思い起こさせられる。
こんな時にまでうっかり火がついてしまいしうな自分に苦笑し、フレンはユーリの頭を軽くなでた。
「おやすみ、ユーリ。今日はゆっくり休むといいよ。そばについてるから」
「......だったら、一緒に寝てくれよ」
「ユーリ......」
「お前と一緒だと、落ち着くから......」
熱のせいなのか、普段の彼ならば口にしないであろう言葉を素直に口にする。
「うん。ユーリ、いっしょに寝よう」
フレンは、足に負担をかけないようユーリの身体をゆっくり横にずらして、その開いたスペースに身体を滑り込ませた。
片腕を差し出せば、胸元へすり寄ってくる。
くっついた身体はとても熱くて、早くよくなってほしくて、そっと背中をなでてやった。



*)へつづく(R指定ご注意!)






(2010.05.05)



もどる