僕のコイビトは黒いネコ(3)

近場での任務のため、遠征期間が短くて良かったと思ってしまったのは、騎士団隊長失格だろうか。
出発前、エステリーゼ様に抱かれてこちらを向いていたユーリの顔が脳裏から離れない。

あの哀しそうな声。
僕を見上げていた潤んだ瞳。

ああ...。早くユーリに逢いたい...!


城へと帰還した僕は、足早に中へと入った。
ポケットに、ちいさなプレゼントを忍ばせて。
自己満足だとは思うけど、どうしてもユーリにあげたくてつい買ってしまった。
果たして喜んでくれるだろうか。
浮かれた足取りで私室へと向かっている途中、廊下でエステリーゼ様を見かけたので声をかけた。
「エステリーゼ様?」
「フレン!お帰りなさい」
彼女は僕を見かけると、慌てて駆け寄ってきた。
どうしたのだろう。ひどく落ち着かない様子だ。
「どうかされたのですか?」
「それが...、ユーリの姿が見えなくなってしまって」
「なんですって!?」
思わず大きな声をあげてしまった。
想像もしていなかった出来事に、心臓の音が大きく跳ねた。
「い、いつからですか?」
「一昨日の夕方からです。夕食の時間になっても帰ってこなくて。それまではちゃんと戻ってきていたのに」
ということは、もう丸二日も戻ってきていないことになる。
そんな。1週間僕が居なかった間に...。
「フレンの部屋も、お庭も探したのですが、どこにも見当たらなくて」
彼女の瞳に、涙が浮かび始める。
「もしかして私、ユーリに何かしてしまったのでしょうか...。私...わたし...」
「落ち着いてください。とにかく、僕も探してきます」
錯乱しかけていたエステリーゼ様の両肩に手を置いて、なんとか落ち着きを取り戻させる。
彼女がこくりと頷いたのを確認してから、僕は城の中へと駆け出した。


「ユーリ!ユーリ!」
いったいどこへ行ってしまったのだろう。出かける前までは、あんなになついていたのに。
もしかして、愛想をつかされてしまったのだろうか。
いっしょにいた頃の様子を思い出して、僕は気がついた。
あんなにユーリの意志を尊重するなんて偉そうなことを言いながら、僕のほうがすっかり依存してしまっている。
本当にユーリの意思を尊重するつもりがあるなら、今こうして彼を探すことは間違っているのではないだろうか。
きっとあの部屋から出ていったのは、彼の意思だったのだから。
「フレン隊長。どうかしたのか?」
歩みが止まりかけていた時、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこに立っていたのは、よく見慣れた人物だった。
「シュバーン隊長...」
シュバーン隊長首席。騎士団長であるアレクセイ閣下の右腕的存在。
そして、隊員たちの憧れの存在。
その彼が、なぜ今ここに...。
いや、そう思われているのは僕のほうか。
こちらへと近づいてくる彼への敬意を払い、右腕を胸の前に出し姿勢を正した。
「そんなに固くならなくてもいい。それより、こんなところで何をしているんだ」
「そ、それは...」
まずい。
思えば、随分と城の奥へと来てしまっていた。
通常ならば、騎士団員がここまで足を踏み入れることはない。すぐそこには、皇族の居住エリアが迫っているのだ。
かと言って、正直に理由は話せない。ユーリを飼っていたことがバレてしまう。
どうする...。
「フレン隊長」
低く静かな、だがその中に戒めの含まれた声色で名を呼ばれては、もう逃げ場もない。
この人にはきっと、薄っぺらな誤魔化しはすぐに見抜かれてしまうだろう。
僕は観念して、ゆっくりと口を開いた。
「じ、実は、猫を探していまして」
「猫?何故、猫がこのような場所にいるというのだ。この城では、外部からの侵入は考えにくいが」
「それは、その...。つい最近飼いはじめ...」
「フレン!」
ちょうどその時、廊下にエステリーゼ様の声が響いた。
「これは、エステリーゼ様」
シュバーン隊長の意識もそちらへと向けられ、彼女に対して敬礼をする。
助かった...のか?
随分と走ってきたのか、エステリーゼ様はすっかり上がってしまった息を整えてから顔をあげた。
「シュバーン。あの、猫を見かけませんでしたか?黒い猫を」
「エステリーゼ様も、猫を探しておいでなのですか?」
「はい、一昨日の夜から姿が見えなくて」
「なぜ城内に猫が?」
「それは、最近フレ...」
言いかけて、慌てて口を噤んだ。僕が苦い顔をしたのを、察してくれたのだろうか。
「最近、私が飼い始めたんですっ!ただ、私が不慣れなもので、我儘を言って世話を手伝ってもらっているんです。ね?フレン」
「えっ、ええ。それで今も逃げてしまった猫を探すのを手伝っていたんです」
「......」
疑うような眼差しが容赦なく降り注ぐ。今僕は、うまく笑えているのだろうか。もう、喉から心臓が溢れてしまいそうだ。
しばらくの沈黙の後、シュバーン隊長は大きくため息をついた。
「解りました。では、私も気にかけて見ておきましょう」
「えっ、いえ、シュバーン隊長の手を煩わせるわけには...」
「かまわないよ。捜し物は人手が多いほど良い。それに私はエステリーゼ様のためにするのであって、君のためではないのだが?フレン隊長」
もしかして、自分で地雷を踏んでしまっただろうか。


シュバーン隊長のお咎めからも逃れられて、僕とエステリーゼ様は再びユーリ探しに戻った。
一度は諦めかけた僕だったが、城の中で迷っているだけかもしれないというエステリーゼ様の言葉を信じてみることにした。
彼女は必死に探してくれているのに、僕が先に諦めてしまうわけにもいかない。
「ユーリ、ユーリ!」
静かな廊下に、僕と彼女の声だけが響く。
その時だった。
「どうかしましたか、フレン?」
「今...」
なんとなく、聞こえたような気がしたのだ。
それは微かな、ちいさな声だったけれど。
「ユーリ...?」
僕は隣の部屋へと駆け込み、耳を澄ました。
「.......」

お願いだ、ユーリ。
もし居るのなら、返事をしてくれないか。
そしてもう一度、姿を現してほしい。
もう一度、この腕で抱きしめさせてほしい。

「ユーリ...」

祈るような気持ちで、神経を研ぎ澄ませた。

「.........ぁ...」
「...!ユーリ!?」
「...にゃぁ」
確かに聞こえた。ユーリの声だ。
声の方へと歩みよると、部屋の隅にあるオブジェの裏側に、ちいさく丸まっている黒い姿があった。
「ユーリ!」
「にゃあ」
手を伸ばしてもユーリは逃げることなく、おとなしく抱きあげられた。
その毛並みは冷たくて、身体もちいさく震えている。
「よかった、ユーリ...」
もう、逢えないかと思った...。
ユーリの身体を温めるように深く抱きしめると、頬をぺろりと舐められた。
ざらりとした感触が嬉しくて、少し泣きそうになってしまった。


その夜。

「ユーリ。おいで」
名前を呼ぶと、ユーリはこちらを振り向いて、そしてベッドの上へ駆けあがってきた。
あれからいっしょにお風呂に入って身体を温めてやり、どうやら相当お腹も空いていたようで、ごはんもぺろりと平らげた。
今のユーリは、僕が遠征に出る前と同じようによく懐いてくれている。
2日間行方不明になってしまっていたのは、エステリーゼ様の言うとおり城で迷子になっていたのだろうか。
僕はユーリを抱き上げると、膝の上に乗せてやる。
「ユーリ、君にプレゼントを買ってきたんだよ」
「うにゃっ」
そしてそれを取り出して、ユーリの首へと付けてやる。
買ってきたのは、金色の首輪。きっと、この黒い毛並みに似合うと思ったから。
「うん。やっぱり、よく似合ってる」
ユーリは違和感があるのか、初めは不思議そうな顔をして、次に首をふるふると振った。
その度に、ちいさく鈴が音色をたてる。
これなら迷子になっても、すぐに見つけ出すことができるだろう。
「どう?ユーリ。気に入ってくれた?」
「にゃあ!」
どうやら気にってくれたらしい。
ユーリは返事をするように高く鳴いて、そして腕にすり寄ってきてくれた。
僕はその身体を腕に抱いて、ベッドに横になった。
ユーリはぽかぽかと温かくて、心地よい。
「ユーリ、ありがとう...」
首輪、気に入ってくれて。
僕のところに、戻ってきてくれて。
込み上げてきた愛おしさを抑えきれずに、僕はユーリにそっとキスをした。

「ウゥ...ゥゥゥゥゥ....」
「ゆ、ユーリ!?」
突然、ユーリが低く唸りだして、僕は慌てた。
そんなに僕のキスが嫌だったのか!?まぁ、ユーリは雄だし、男の僕からなんてのは嫌だったかもしれないけれど。
しかし、それにしては様子がおかしい。どこか苦しんでいるような。
「ユーリ、どうしたの?ユーリ!」
どうすれば良いのかも解らずに、それでもたまらず身体に触れた瞬間。

 ぼんっ!

「えっ!?」
突然、変な煙が起こって、何も見えなくなってしまった。
勢いで吸いこんでしまい、激しく咳き込んだ。
やがて咳も落ち着いてきたころ、ようやく煙も落ち着いてきて、ユーリへと視線をやった。
「え.......」

瞬間、思考が固まった。

先ほどまでユーリが居た場所に、何故か男が、居た。
その人物も驚いたように目を見開いて、僕を見上げている。
だが、彼は僕と視線が合うと、ふわりと表情を崩した。

「そうか。お前だったんだな」

やわらかく微笑む彼の瞳から視線をそらせずにいると、彼はそっと僕の頭を抱き寄せて、口唇を重ねてきた。


いったい、何が....。



(4)へつづく。



やっと本題まで辿りつけたよ...!

そして、はじめてシュバーン隊長を書きました。
喋り口調わかんね...。



(2010.02.11)



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