ちいさな宝石。(3)

あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
もしかしたら、自分が思うほど時間は経っていないのかもしれない。
けれど待つだけの時間は、耐えられないくらい、長い。
外はすっかり闇に包まれ、寒さに熱を奪われていく。

リタは、じっとエステルを抱きしめていた。
寒さから、彼女を守るように。
腕の中の彼女は、まだ目を覚まさない。
望みをかけて外に投げた、小さな赤い魔核。
その祈りも、今となってはただ空しいだけ。
「.....何が実験よ。何が魔道器よ.....」
リタは、ちいさく震えていた。

初めは、ちいさな好奇心だった。
自分の理論が立証できたとき、その想いは徐々に確信へと近づいていった。
この自分の実験が、人々に役立つ時がくるかもしれない。
それはいつしか、自惚れへと変わってはいなかったか?
「あたしは、誰も助けられやしない....」
大切な人ひとりさえ、こうして守ることさえできない。
自分は、あまりにも無力だ。
だけど。
「それでも、あたしは.....」
この人を守りたい。
あの時、自分を守ってくれた、この人を....。
瞳に溜まっていた大粒の涙が、ぽろりとこぼれて
エステルの頬に落ちた。
「.....リ...タ......?」
「エステル!」
その温かさに惹かれるように、ゆっくり目をあける。
熱に潤む瞳は、それでもやさしさを宿していて。
「リタ、怪我してます....」
ちいさな手が、リタの頬に触れた。
癒すように、そろりと傷を撫でる。
その手の熱に誘われて、またぽろぽろと涙があふれてきて。
「こんなの、かすり傷よ!
 それより、あんたの方が.....」
よっぽど酷い状態じゃないと叱ってやりたいのに、嗚咽が邪魔をしてうまく言えない。
するとエステルの瞳が、驚いたように見開かれた。
「リタ....さっき、『エステル』って.....」
熱のせいで、思考回路が鈍くなっているのだろうか。
そう思った後、自分が無意識にそう呼んでいたことに気付いた。
「って馬鹿っ!今はそんなこと言ってる場合じゃ...」
すると、エステルがふわりと笑った。
「ふふ....、嬉しい...です」
そしてそのまま、吸い込まれるように再び眠りについてしまった。
「ちょっと。エステル?......エステル!!」
身体を揺さぶるが、意識を取り戻そうとしない。
「エステル!エステルってば!!」
『エステル』と呼ばれることが嬉しいのなら、何度でもそう呼ぶから。
だからお願い。
目を覚まして!!
必死に呼びかけても、自分の声はもう届かなくて。
「お願い....、誰でもいいから.....」
あまりの己の非力さに、また涙が込み上げてきて。
そして、ありったけの声で叫んだ。
「誰でもいいから、誰か助けてよーーっっ!!!」


ガタン!ゴトン!

静寂の中に響いた物音に、ハッと顔をあげた。
重い扉の向こうからだ。
高鳴る心臓の音を聞きながら、その方向をじっと見つめていると
開いた扉の向こうから、顔を覗かせる人物がいた。
「よっ」
漆黒の黒髪を持つ人。
彼は、腕の中で眠るエステルを見ると、一瞬眼光を鋭くさせて
側に駆け寄ってきた。
そして、そっと彼女の額に手をやる。
その体温を確認すると、顔をしかめ小さく舌打ちした。
「こりゃ病院に連れて行った方がいいな...。
 フレンが外に車を寄こしてくれてる。行こう」
「あ....あんた、何で、ここが......」
上手く状況がつかめずにうろたえる。
もう諦めかけていた助けに、少し戸惑っていた。
「ん?ああ、こいつがな....」
ごそごそとズボンのポケットから、ハンカチを取り出した。
広げると、中には小さな赤い石。
「これ.......」
「何か変な煙が出ててな。来てみたら、これの周りの草が焦げてたぜ」
素手で触ったらヤケドしたと、軽く笑ってみせた。
信じられない気持で、その石を手に取る。
彼が言うような熱はもうなかったが、それでもほんのり温もりを感じる。
リタは胸元に手をあて、ぎゅっとそれを握りしめた。

届いた。あたしの想い....。

ふと、頭の上をぽんぽんと撫でられた。
「ありがとな。エステル、守ってくれて」
その手のあたたかさに、また涙があふれそうになって。
それを隠すように、ふいっと顔をそらした。
「べ...別にっ、当然でしょ。
 と、ともだち....なんだから........」
最後のほうは、ちいさく消え入るような声だったが。
ユーリは、優しく微笑みかけた。


結局エステルは大事には至らず
土日を挟んで3日間学校を休んだが、熱が下がると元気に登校してきていた。
そしてそれから、彼女がひとりでいるところを見る機会はなくなった。
隣にはいつも、友達の姿があったから。
「リタ、急ぎましょう!」
「ったく、なんでこんな事しなくちゃなんないのよっ!」
遠くから近づいてくる声に、ラピードが耳を立てる。
すっかりくつろいでいたユーリが目を開けると、視界に紙袋が飛び込んできた。
「おっと!」
顔面にぶつかる寸前で、しっかり受け止める。
がさりという音とともに、手にはやわらかい感触。
「へへ。さんきゅ」
身体を起こして中を探ると、中には菓子パンが4つ。
しかもユーリが好きな、甘い系ばかり。
「大体、なんであたしが、アンタのお昼ごはん買ってこなくちゃなんないのよっ!」
「いいじゃないですか。リタも毎日購買行くんですから」
「そうそう。ついでついで」
当のユーリは、涼しげな顔をして袋を破くと
あまりクリームの付いていないパンの部分をラピードに差し出す。
くんくんと匂いを嗅ぐと、はぐはぐと音を立てながら食いついた。
「もーっ!その感謝の気持ちがない態度がムカツクっ!!」
リタの叫びに、エステルが笑い声をあげた。
「リタ、怒っても無駄ですよ。
 『ユーリにはデリカシーのかけらもない』、です」
その言葉に、思わずユーリがむせた。
「な、なんじゃそりゃ....」
「ふふ。フレンがそう言ってました」
「アイツ....、いつも何吹き込んでんだ...?」
探るような疑うような視線も、エステルは笑って受け流した。
「あ、そういえば、今日ですよね?選挙」
フレンという言葉で思い出したエステルに、リタが続ける。
「そうよ。5時間目が終わったら、体育館でね」
「ユーリはもちろん、フレンに入れるんです?」
「オレは行かねーよ。めんどくせぇ」
ユーリの言葉に、ふたりが同時に驚愕の声をあげた。
「どうしてです!?」
「だってアンタたち、親友同士じゃなかったの!?」
突っかかってくるふたりを振り払うように、ひらひらと手のひらを振る。
「どーせオレが投票しなくったって、もう結果は決まってるも当然だろ?」
「そうかもしれませんけど....」
ユーリの言うとおり、人気はフレンのぶっちぎりのようだ。
しかし、それでも一票いれてあげるのが、友達というものではないだろうか...。
腑に落ちないエステルを尻目に、すっかりパンをたいらげたユーリは立ちあがった。
「んじゃま、ごちそーさん」
ズボンに付いた砂をはたき落とし、ゆっくりと背を向けた。
「ユーリ。どこに行くんです?」
「保健室」
「えっ!?具合が悪いなら、私もいっしょに...」
慌てて追いかけようと腰を浮かしたところを、ブレザーの裾を下に引っ張られ
その方向に逆らわず、すとんとまた腰を下ろした。
「もう、リタ!」
「放っときなさいよ。アレは絶対、サボりよ」
呆れたように、ずずーっと音を立てて紙パックのコーヒー牛乳を飲み干す。
もう一度エステルが振り向くと、背をこちらに向けたままひらひらと手を振り、彼は丘を降りて行っていた。


コツコツと足音が、廊下に響き渡る。
その空色の瞳には、秘かな闘志が宿っていた。
ようやく、念願が叶った。
これで、この学園を変えることができる。
だが、本当に大変なのはこれからだ。
まずは役員の人選を、そして委員会の招集を....。
晴れて生徒会長に就任したフレンは、すごい勢いで今後の策を頭に巡らせていた。
そして、その扉に手をかける。
視界に飛び込んできたのは、白い部屋と、一番奥にある大きな机。
その上には、『生徒会長』と書かれたプレートが置かれていた。
全ては、ここから始まる。
フレンは軽く息を吸い、気を引き締めた。
そして一歩、その部屋に足を踏み入れた時
ふと違和感を覚えた。
机の前に置いてある革張りのソファから、人の足が覗いていたからだ。
思わず、眉間にシワが寄る。
嫌な予感がして、ゆっくりとそこへ近づく。
その姿を確認して大きなため息をついた後、思いっきり息を吸い込んだ。

ゴツン!!

「いっでー!!!」
突然脳天を襲った激痛に、ユーリは飛び上がった。
頭を抱えて呻く姿を、冷ややかに見下ろす。
「また君はっ!こんなところでサボって!!」
「くをぉぉぉー!だからって、イキナリ殴ることはねーだろっ。しかもグーで!!」
涙目になっているユーリの脇を通り過ぎ、フレンは生徒会室の窓を開けた。
凛とした冬の空気が、部屋に舞い降りる。
夕陽を浴びた金髪がふわりとなびいて、ユーリはその眩しさに目を細めた。
その背中が少し頼もしくなったように思えるのは、気のせいではないはずだ。
ユーリは体勢を直し、その後ろ姿に微笑みかけた。
「ま、とにもかくにも、おめでとさん」
その言葉にフレンは意外そうに振り向いて、そして嬉しそうに笑った。
「よく言うよ。投票してくれなかったくせに」
「オレは親友の当選を信じてたから、なんだぜ」
パチリとウインクをしてみせる。
「で、その当選した親友より先に、生徒会室を満喫してたわけ?」
くすくすと笑いながら、またその親友の側へと歩みを進める。
「どうせなら、一番に祝ってやろうと思ってさ」
ふふんとふん反り返るその姿に、どこまで本気だったのか怪しいところだが
フレンはソファの後ろから、彼の首に腕をまわした。
「ユーリ、ありがとう」
「ま、大変なのはこれからだ。がんばれよ」
頬に触れる柔らかい髪を、励ますように軽く梳いてやる。
しばし流れる、穏やかな時間。
これが嵐の前の静けさではないことを、今は祈るばかり。
だけど、自分はがんばれる。
あの投票してくれた大勢の人たちが、応援してくれている。
そして何より、自分を支えてくれる人が側にいる。
この、やさしい手を持つ親友が。


どれくらい、そうしていただろうか。
突然フレンが、何かを思い出したように顔をあげた。
「そうだ。ねぇユーリ。クリスマス、暇だよね」
その言葉に、ユーリは呆れたようにため息をついた。
「....なんだその、決めつけるような疑問形は」
「え?もう予定入ってる?」
その返答さえ、何故か白々しく聞こえてきて。
だが、彼の望み通りの返事しか持ち合わせていない自分が悔しくて
ふいと顔を背けた。
「.....別に予定なんてねーよっ」
「よかった。じゃあ、ふたりでどこか出掛けようか」
そんな気持ちを知ってか知らずか、フレンは満面の笑みを浮かべてた。
そして、まだふて腐れているユーリにとどめを刺すように、一言付け加える。
「おいしいパフェの店、調べたんだ」
「......マジ!?」
瞬間振り向いた彼の瞳がきらきらしていたのを見て
フレンはまた、嬉しそうに笑った。



エステルとリタ、なんとか救出〜。
そしてフレンも無事、生徒会長に就任しました。
あ、この時点でフレンとユーリは、まだ『親友』です念のため。
だって、距離感おかしいから。この親友たち....。

一部時間軸がおかしくなっていたので
どこかをこっそり修正しました....(自首)


(2009.11.08)



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