宿屋の周辺には、とても良い匂いがたちこめていた。 ひと仕事の後にこの匂いは、空腹を後押しするばかりだ。 (ああ、ハラ減ったなぁ.....) 「クゥゥ〜ン」 どうやらラピードも同じ気分ならしく、小さく鼻で鳴いた。 だが、ひとり暮らしの身としては、すぐに食事にありつくことはできない。 自分で料理をしなければならないからだ。 少々億劫なカンジだが、外食で済まそうにも金はなく。 外の階段から2階へ上がり、自分の部屋の扉をあけて驚いた。 この良い匂いの発生源は、この部屋の中だったから。 「おかえり、ユーリ」 部屋の中には、フレンがいた。 「フレン!?なんだ、来てたのか」 「うん。急に昼から休みをもらえることになってね。 あ、勝手に台所、使わせてもらっているよ」 「ああ、それは別にいいけどさ...」 フレンは今にも鼻歌を歌いだしそうなカンジで、台所に立っていた。 しかも、ふりふりのフリル付きのエプロンを来て。 いったいどこから調達してくるんだ?あんなの。 「ユーリが帰ってくるのを待っていたんだけど、 ただ待っているだけっていうのもアレだし、 ご飯を作ってみたんだ。 あ、ラピードの分もあるからね」 「ワン!」 ラピードのしっぽが、大きく振られている。 「悪ィな。来るの分かってたら、早く帰ってきたのに」 「かまわないよ。僕こそ急だったしね。 あ、先にシャワー浴びてくる?」 「いや、先にメシにする。もう腹が減って腹が減って!!」 「わかった。すぐに支度するね」 荷物を部屋の隅に置き、椅子に座って待つ。 部屋を見渡すと、朝出て行った時に比べて、少し片付いているように思える。 おそらく、フレンが片付けてくれたのだろう。 食事の用意をしてくれている後ろ姿を眺める。 いいな、こういうの。 うん。 悪くない。 「はい、お待たせ。ラピードも。 口に合うかどうかは、わからないけど」」 「おっ!うまそうだな!」 「ワン!ワン!!」 皿の上には煮込みハンバーグ。 見た目もカンペキ。 「いっただっきまーす!」 「うぐっ.......!!!!」 「!!!!!!!!!!」(←ラピード) 一瞬、軽いめまいがした。 いったい、何が起こったんだ.....!? 俺は、おそるおそる、皿に盛られているハンバーグに目をやった。 「...........オイ、いったい何入れた.....」 「え?いまいち味にパンチがないと思って ミソとしょうゆとタバスコだろ。 それから隠し味にチョコレートと酢とそれから.......」 「................................................まずい」 「ええっ!?そんなハズは! ちゃんと味見したのに」 フレンは慌てて一口食べる。 ほらみろ、やっぱりマズい 「おいしいじゃないか!」 「ちょっと待て!お前、どんな舌してんだ!!!」 「ワウ〜!ワウ〜〜!」 ラピードも、ぷるぷるしながらか細い声をあげる。 匂いカンペキ。 見た目カンペキ。 なのに味だけ殺人級って どこをどうやったら、こんなのができんだ? あるイミ、才能? 「......わかったよ。おいしくないなら、しょうがないね......」 フレンが下げようとした皿を、すかさず取り上げる。 「ユーリ?」 「ちゃんと食うよ」 「いいよ、無理して食べなくても」 「いいや、食う」 だってこれは、フレンが俺のためだけに作ってくれたもんだしな。 あんなに楽しそうな顔して。 しかも、そんな悲しそうな声を出されては ここで無下にすることもできない。 「ユーリ.....。 .............ありがとう」 だが、そんな思いもすぐに後悔に変わった。 一口食べるたびに、視界が白くかすんでいくような気が....。 意識がぼんやりしながらも、最後の一口を口に運んだとき ラピードが倒れた。 |
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