鏡に映る自分の姿を見て、気持ちを引き締めた。 白いタキシードを身にまとい、胸には一輪の白い花を添えて。 まさか、この服を着る日が来るとは思ってもいなかった。しかし、何度夢見たことか。 時計を見やり時刻を確認すると、ゆっくりと部屋の扉を開いた。 それは、3ヶ月前の事だった。 目を覚ましたそこは、ザーフィアス城の部屋。 部屋は薄暗く、ベッドサイドの明かりだけが灯されているようだった。 どうしてここで眠っているのか、覚えがなかった。 身体を起こそうと身をよじった時、お腹の辺りに重みを感じて頭を上げた。 「っ、フレン!」 そこにはユーリが椅子に座ったまま、ベッドに顔を伏せて寝ていたらしい。 驚いて身を起こしたユーリの顔が、ひどく疲れているように見えた。 そんな格好をしていたんじゃ、熟睡できなかったろうに。 「ゆー......り」 名前を呼ぼうとしたが、ひどく喉が乾いていて声にならなかった。 もどかしくなって上げた右手を、ユーリは急いで握ってくれる。 「フレン...、フレンっ」 ユーリは何度も何度も、僕の名前を呼んでいた。 ユーリ、どうしてそんな顔をしているんだい? 「馬鹿っ。おま...、1ヶ月ずっと眠ったまんまだったんだよ。あの時、オレを...庇って......っ」 アメジストの瞳に、みるみると涙が浮かんでくる。 やがてそれは堪えきれなくなって、ぽろぽろと溢れだした。 そうだった。確か僕は、凛々の明星と同行して戦っていたんだ。 そして、怪我を負ったユーリを庇って、それから。それから......。 どうも記憶は、そこで途切れているらしい。 「......ごめ...んね、ユーリ」 掠れてはいたけど、今度はちゃんと声にできた。 頬をいくつも伝う涙をそっと拭ってやると、ユーリは顔をくしゃくしゃにして首元に顔を埋めてきた。 こんなに大声をあげて泣くユーリを見るのは、子供のとき以来かもしれない。 ああ、だけど。今度は僕が泣かせてしまったのか。 「お前が居なくなっちまうかと思って...、オレっ、オレ.......」 「うん......」 随分と寂しい想いを、そして哀しい想いをさせてしまったのだろう。 いつまでも泣きやみそうにないユーリの頭を、何度も何度も撫でてやる。 「ごめんね、ユーリ。もう、どこにも行かないから......」 僕の言葉に、ユーリがゆっくりと顔をあげる。 「......ホント...か?」 信じられないというように、不安の色を浮かべる瞳。 泣きすぎて、目も目の辺りも真っ赤になってしまっていた。 「本当だよ。ずっと君の隣に居る。そして、君より先に死にはしない」 「.........」 「誓うよ」 そして、ユーリの手に僕の手を乗せた。 ゆっくりと指を1本ずつ絡めていけば、ユーリのほうからぎゅっと握ってきた。 「...カミサマなんて、信じてねぇくせに」 「うん。だけど、この世で2つだけ信じられるものがある」 「.........」 「誓うよ。僕の心と、ユーリ。君に――」 ちいさなチャペルの扉を開けると、誰もいない席の最前列に彼は座っていた。 場に漂う神聖な空気を胸一杯に吸って、ゆっくりと一歩を踏み出す。 カツン、カツンと、硬質な足音が静かな空間に響きわたる。 高まる胸を落ち着かせながら、僕は彼の隣へと立った。 「お待たせ、ユーリ」 名を呼ぶと、彼はゆっくりと顔をあげる。 エスコートするように手を差し出せば、その上にそっと手のひらを乗せた。 僕の目の前に立つ彼は、黒のタキシードを身に纏っていた。 胸に赤い花を一輪添えて。顔は、黒のベールで覆って。 そして僕たちは、祭壇の前で向かい合う。 ふたりだけの結婚式。 この国ではまだ認められていない同性婚。 それでも僕たちはもう、お互いの存在を無くしては生きていけないと気付いたから。 「まさか、お前と結婚式挙げることになるなんて、夢にも思わなかったぜ」 ユーリは照れくさそうに、くしゃりと笑った。 「だけど......なんとなく、こうなるような気がしてた」 「うん」 その黒のベールに手をかけると、ユーリはそっと目を伏せた。 長いまつげと、少し朱を引いた口唇。 ユーリ......、とても綺麗だ。 「ユーリ、しあわせにするから」 「もう十分、しあわせにしてもらってるっての」 「ずっと、傍にいるから」 「それじゃ、今までと何にも変わんねぇじゃんか」 いつもの憎まれ口がユーリらしい。 だけど。 「あ、あれ...?」 ユーリが笑いながら俯いた。 その頬に、透明な滴が一筋流れている。 「ユーリ?」 「あれ、おかしいな。泣くつもりなんて無かったのに......」 慌てて目を擦るが、どうやら止まる様子もなく、ぽろぽろと溢れてくる。 「ユーリ」 彼の顎をそっと掴んで、上を向かせた。 アメジストの瞳がたっぷりと光を含んで、きらきらと揺れていた。 ユーリ......。 「ユーリ、愛してる」 「フレン......」 顔を近づけると、ユーリがゆっくりと瞳を閉じていく。 そして僕たちは、互いの心に誓いを立てた。 これからの人生を、すべて君に捧げよう――。 突然、大きな音を立てて扉が開いた。 「――っ!」 「なっ!!」 驚いてふたりでその方向を見ると、そこには大勢の人々が並んでいた。 「おめでとう!ユーリ!フレン!」 「お二人とも、とってもお似合いですっ」 「いやぁ、おっさん柄にもなく感動しちゃったわ」 「あっ、あたしは男同士だとかそんなの、全然気にしてないんだからねっ」 「ユーリ、今度はウチとも結婚式を挙げてほしいのじゃ」 「うふふ、お幸せに。ふたりの子供が楽しみね」 「ふ、フレン騎士団長。おめでとうございます!」 「新居ができたら、僕たちもお祝いに行きますよ」 「あのユーリがとうとう、嫁に行くのか...」 「今日はめでたいのであ〜る!」 「めでたいのだ!」 そこには凛々の明星に騎士団、そして下町の人々が勢ぞろいしていた。 皆、色とりどりの花を両腕いっぱいに抱えて。 「お前ら......」 ふたりだけで密やかに行うはずだったのに、こうして皆に祝福されて胸がいっぱいになってくる。 ああ、僕たちはなんて幸せに包まれているのだろう。 「ほら、ユーリ。行こう」 僕は肘を軽く曲げて、ユーリを促した。 目と目が合えばユーリはその意図を察してくれたのか、とてもしあわせそうに微笑んで、その腕を絡めてきた。 Congratulations to Flynn and Yuri on the marriage!! |
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