あの日、彼は海を見ていた。

ダングレスト『天を射る重星』

明日の朝まで自由行動となった今夜。
ユーリはカロルとレイブンを連れて、食事をとるために店へ足を運んでいた。

店の中ではギルドの猛者どもが酒を交わしており、相変わらずむさ苦しい雰囲気で満たされていた。
だが店の角の一角だけ、やたら華やかな雰囲気を醸し出しているテーブルがあった。
「およ。あれ、嬢ちゃんたちじゃないの」
レイブンの言葉のままに目をやると、そこにはエステルにリタ、ジュディス、パティの女性メンバーが勢揃いしていた。
「おっ嬢さんたちー。なにしてるのん?」
彼女たちの姿を確認するとすぐに、誘われるような軽い足取りでそのテーブルへと近づいていったレイブンに、カロルはやれやれと苦笑いを浮かべた。
「なんだ。結局同じ店になるんだったら始めからいっしょにくればよかったね。ね、ユーリ。......ユーリ?」
相槌のないユーリ怪訝に思い、カロルは顔を覗きこんだ。
なんとなく、表情が強張っている気がする。
ユーリは視線を合わさずに、若干震えた声でちいさく呟いた。
「......カロル。店変えないか?」
「えっ、なんで?『紅の流星群』じゃおつまみばかりで食事にならないじゃないって、この前ユーリが言ってたじゃない」
「だよな......」

ユーリは悩んだ。
なぜだろう。
ひどく嫌な予感がする。
あそこには近づいてはいけないと本能が警鐘を鳴らしている。

このままひとり店を出ようかとも考えた。
だが、カロルに背中を押されては中に入るしかなく。ユーリはしぶしぶ歩みを進めた。

「あら。ウワサをすれば、本人の登場ね」
ジュディスに意味深な微笑みを向けられ、ユーリは心の中で舌打ちした。
やっぱり、ロクな話ではないらしい。
「えらく盛り上がってるようね。なになに?おっさんも混ぜてよ」
「うむ。おっさんもおでん喰うかの?」
「今ちょうど、フレンとユーリの話をしていたんですよ」
エステルの笑顔に、ユーリの顔が引きつった。
どこかしら、陰が見え隠れしているのは気のせいか。
「…わりぃカロル。先に宿に帰ってるわ」
「えっ!?ってユーリ、ごはんはどうするの?」
カロルの問い掛けを無視してでも、まずは一刻も早くこの場を離れたい一心で踵を返した。


のに。

一歩も踏み出せないうちに、肩にずんと重みがかかった。

首にまとわりつく腕で、後ろからエステルに圧し掛かられていることを理解した。
肩越しに邪悪なオーラを感じる。
「逃がさないですよ、ユーリ......v」
「ヒイィィィィ!!」
耳元で囁きかけてきたのは悪魔なのかそれとも。
決して、決して振り向いてはいけない。きっと夢に出てきてしまうからっ!


結局流されるまま、ここで食事をとることになってしまった。
ただし、テーブルは別で。
エステルからかなりのブーイングを受けたが、おそらくカロルにとって教育上よろしくない話題が飛び交うのだろう。いや、そうに違いない。
カロルとユーリはそれぞれの食事を注文をして、しばし待つ。
その間にも、女性陣の会話が嫌でも聞こえてくる。ここまで聞こえるということは、もちろん他の客にも筒抜けになっているのだろう。
頼むから、もっと小声で喋ってくれ。
「それで、次に出す本の内容は決まったのかしら」
ジュディスの切り出しにユーリは頭が痛くなった。やっぱり、そーゆーハナシだったか。
「はいっ。もちろん、うさみみうさしっぽユーリです」
もちろんエステルが嬉々として返す。ああ、この間の悪夢が脳裏をよぎる。
勢いに呑まれるまま、うさみみとうさしっぽを付けてしまった自分。
暴走したフレンを押し留めるのに、どれほど骨を折ったことか。
結局、落ち着かせることは叶わなかったのだが。
「やっぱり、表紙はリタ姐が描くのかの?」
「知らないわよー。がっかりクオリティになっても」
「大丈夫です。リタのイラストは、いつだって萌えますからっ!」
リタがイラスト(しかも萌え系?)を描く姿なんて、想像がつかない。いったいどんな絵を描いているのだろうか。
頑張って想像......しようとして止めた。自分が後悔するだけだから。
「ところで、嬢ちゃんは何でこの道に手を染め....いや、本を作ろうと思ったわけ?昔は、そんなじゃなかったわよね」
「そういえば、あたしも聞いたことなかったわ」
どうしてレイブンは、あの会話に付いていけるんだろう。ユーリは、ただひたすら心の中でツッコむことしかできない。
「そうね。いつからあのふたりは良い仲だったのか、とても気になるわ」
ジュディ...、そこはそっとしておいて欲しかったぜ。って、こっち見てるし。
いや、オレにはあの会話は聞こえてない。聞こえてないんだああぁぁぁ。
「...ねぇユーリ。大丈夫?」
「す、すまねぇカロル。気にしないでくれ...」
はっとして視線を前に向けると、カロルが怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
柄にもなく気持ちが表情に出てしまっていたようだ。平静を保たなければ。
という以前に、話を聞かないつもりが思いっきり聞いてしまっているではないか。
その事に気付き、またさらに頭が痛くなる思いだ。
それでも、エステルの話は止まらない。
「ユーリに出逢う前に、フレンからユーリのことは聞いていたんです。毎日毎日、ユーリとの惚気話を聞かせてもらって」
フレン、一発殴る、絶対。
いったいお前、エステルに何を吹き込んだんだ?
「でも、その時は二人の事を何とも思っていなくって...」
え?
「本当のきっかけは、実はユーリなんです」
「なにっ!?」
ユーリは思わず驚きを声にしてエステルを見てしまった。
オレがきっかけ!?何で?
言葉がうまく出せずに、口をぱくぱくさせることしかできない。
エステルはユーリと視線が合うと、にやりと腹黒い笑みを浮かべた。
「ユーリったら、私と初めて会ったときもふたりで旅を始めた時も、二言目には『フレン』『フレン』って。ずっとフレンのことばかり考えていたみたいなんです」
「なっ...!」
「フレンもフレンです。ハルルでだって、フレンを探していたのは私のはずなのに、フレンが置いていった手紙はユーリ宛でしたし」
「な...、な.....」
「でもユーリも満更じゃなかったみたいで、エフミドの丘で海を見ながら『追いついて来いなんてよく言うぜ』なんて黄昏ちゃって」
「!!」
「もう隣に居るだけで胸やけしそうでした」

ガシャーン

「ユーリっ!」
ユーリは思いっきり額を机に打ち付けて倒れた。
無意識だったとはいえ、自分が情けない。
穴があったら入りたいとは、まさにこのことか。
もう恥ずかしすぎて、顔が上げられない。


「あれ。皆さんお揃いで」
いつの間にか、店の入り口に都合良くフレンが立っていた。
さすがにギルドの酒場でひとり騎士団服は、かなり目立っている。
一瞬店内がざわついたが本人は周囲の視線を全く気にしてないようで、まっすぐにこちらへと近づいてきた。
「......ユーリ、何しているの?」
テーブルに突っ伏したままのユーリを見下ろして、フレンが低く呟いた。
ユーリはその声にぴくりと肩を震わし、そしてすごい勢いで立ちあがった。
「やあ、フレン君よく来たね。逢いたかったよ」
「...えっ、何......」
いつもと違う気持ち悪いユーリの口調(棒読み)に、さすがのフレンも引いてしまう。
しかしそれを許さないというように、ユーリはフレンの首にがしっと腕を回した。
そしてにっこりとほほ笑みかけて、ドスの効いた低い声で囁いた。
「ちょっと話がある。ツラ貸せ」
「ちょっ、痛い!解ったから離し......うわ!」
そしてそのまま、フレンはユーリに店の外へ連行されていってしまった。

「.........」
カロルとレイブンは、そのやりとりをただ黙って見ていることしかできなかった。
なのに、女性陣ときたら。
「あら。すっかり見せ付けられてしまったわね」
「うぬぅ。さすがのウチも入り込めんくらい熱い二人なのじゃ」
「...バカっぽい」
「うふふ。今からベッドの上で激しい戦闘が繰り広げられるのですね。夏の本、決定です」
なんて言って、ガッツポーズまでしている始末。

だが、エステルをこんなにしてしまったきっかけはユーリだったわけで。
自業自得だからしょうがないわねと、レイブンは心の中で合掌することしかできないのであった。

その後、ヒビの入ったテーブルにユーリが注文したマーボーカレーがやってきたが、それが冷める頃になっても本人は戻って来なかった。


おしまい。



34000Hit『エステリーゼ様ががどうしてフレユリに芽生えたのか』というお題で、樹さまよりリクエストいただきました〜。
エステリーゼ様の暴走度が、どんどん加熱していく。そして黒くなってきた(笑)
やっぱりユーリは可愛そうな設定のようです。でも自業自得だし←
とっても楽しく書かせていただきました。樹さま、素敵なリクエストありがとうございました!


ハルルの手紙の件は、ホントに不思議に思ったのですよ。なんでエステルには手紙がないんだっていう。


(2010.04.25)



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