「ねぇ、ユーリ。次の休み、どこか行かない?」 そう言われたのは1週間前のこと。 なので、フレンに合わせて休みをもらい、今日はいつもより少しだけ早起きをして、自分なりに張り切ってみたつもりではある。 思い返してみれば、ふたりっきりで出掛けるというのは本当に久しぶりだった。 これまで一緒に旅をしたこともあったが、その時は仲間たちが一緒にいたわけで。 ギルドとして騎士団に雇われてフレンと出掛けることはあっても、それは仕事の話。 もしかしたら、プライベートでふたりっきりで結界の外に出るのは初めてかもしれない。 そう思うと知らずと胸が高鳴ってきて、ついには自分で抑えることができなくなってしまっていた。 だってこれって、いわゆる『初デート』ってやつだろ? 鼻歌交じりでカバンの蓋を閉じたとき、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。 「どーぞ」 いちいち確認をしなくても、誰が来たのかなんて何となく解る。 そして扉が開いて、入ってきたのは予想通りの人物。 「おはようユーリ」 迎えに来たフレンの姿を見て、どきりと心臓が大きく音を立てた。 だって、帯刀こそしていたものの、彼は滅多にお目にかかれない私服姿だったから。 うっかり見惚れてしまったオレに、フレンは小さく笑った。しょーがねぇだろ。見慣れてないんだから。 「支度はできたかい?」 もちろん、フレンが来る時間は打ち合わせをしていなくてもしっかり把握できていて、ちょうど用意ができたことを伝えると、彼は嬉しそうに笑った。 「それじゃ、行こうか」 そう言って差し出された手に、瞳をまるくした。 いつもなら先に部屋を出ていくくせに。思いっきりデート気分で楽しみましょうってか? いざとなると少し躊躇ってしまったが、こうなったらとことんフレンに乗っかってやろうと思い、オレはその手に自分の手を重ねた。 向かった先は、ハルルの街。 久しぶりの徒歩で魔物との戦闘を余儀なくされるが、今はすっかり自分たちのレベルも上がっているので、相手は雑魚ばかり。 特に障害もなく無事に目的地に着いたオレたちは、見事に咲き誇るハルルの木の下にいた。 「すごい。満開だね」 「ここはいつでも満開だけどな」 「うん。でも、こうやってゆっくり見ることって、あまりないよね」 「そうだな。たまに寄ることはあっても、もう夜だったりとか買い物するだけとかで、落ち着くヒマもなかったもんな」 見上げていると首が痛くなるほどの立派な木。 そして、視界から溢れんばかりの桃色の花。 うっかりすると時間を忘れて魅入ってしまいそうだったので、フレンの肩を軽く叩いて座るように促した。 木の根元に並んで座り、持ってきたカバンから取り出したのは、オレお手製のおべんとう。 蓋を開けると同時にフレンの顔が綻んで、つられてオレの口元も緩んでしまう。 「すごい。これ、朝から全部作ったの?」 「まぁな。お前がどっか連れてってくれるってんで、思わず張り切っちまった」 「ありがとう。それじゃさっそく、いただきます」 世界中を旅していると、その土地特有の料理に出逢うことが多い。 今日の弁当も、以前ユウマンジュのおかみさんにこっそり教えてもらった料理が入っている。 聞けばユウマンジュの辺りでは『花見』という風習があるらしく、季節になれば木に咲く花を愛でながら酒や料理を嗜むという。 そして、その席にぴったりなのが、この『花見弁当』なのだそうだ。 旬の食材をふんだんに使用し、そして色どりも華やかに。 目でも楽しめるそれを気に入ってしまったので、今回少しアレンジを加えながらも挑戦してみたのだ。 「うん。とってもおいしいよ。これも、これも」 フレンの言う『おいしい』は、実はあまり信用していなかったりするのだが、自分でも上々の出来だと言える味だった。 すっかり平らげてしまい、食後のデザートも食べた後、木にもたれたまましばらくハルルの街並みを見下ろした。 この町は、道も屋根もすべてが桃色に覆われている。 ゆっくり舞い落ちる花びらが、人々の心を和ませていく。 「...のどかだね」 「ああ」 特に会話をするわけでもなく、ただ穏やかな風を肌で感じていた。 ぽかぽかとした陽だまりと、のんびりとした空気に包まれている。 すると、隣に座っていたフレンが、おおきなあくびをした。 「疲れてんだろ?騎士団長サマ。少し寝ろよ」 「......いいの?」 「いいぜ。ほら」 何をいまさら遠慮することがあるのかと苦笑しながら、自分の膝をぽんぽんと叩いてみせた。 「ま、寝心地は悪いかもしんねぇけどな?」 「ふふっ。じゃ、遠慮なく」 嬉しそうに笑いながら、フレンはオレの膝を枕にしてごろんと横になった。 そして、寝転びながら器用に背伸びをして、大きく息を吐き出した。 「たまにはいいね、こういうのも」 「おべんと持って、ピクニックってか?」 「それもあるけど。ユーリとふたりっきりで、のんびりしてさ」 「それじゃあ、いつもの休みと同じじゃねぇか」 「それもそうだね」 「なんだそれ」 オチのない話に、くすくすと笑い合う。 「だけど僕は...」 そろそろ眠くなってきたのか、フレンが目を閉じながら小さく呟いた。 「ユーリが側に居てくれれば、僕はいつだってしあわせだよ」 「――っ」 その言葉に、うっかり心臓が跳ねてしまった。 普段から『好き』だの『愛してる』だのと散々言われ、いいかげん聞き慣れていると思っていたのに、相変わらずオレはこういう不意打ちに弱い。 何か言い返そうかと思ったが、フレンはすでに静かに寝息を立てていて。 「......ったく」 いつもより少し早くなってしまった心臓の動きを、息を吐いて宥めてやる。 ひらひらと花びらが一枚、フレンの髪の毛へと舞い降りた。 オレは笑って、その花びらを退けてやる。 そのまま、ふわふわとした金髪を指にからめて、ゆっくりと顔を近づけた。 「言い逃げなんて、ヒキョウだぞ」 オレだって、お前の隣に居る時は、いつだってしあわせを感じているんだ。 さっきの不意打ちのお返しに、小さく開いた口唇へそっとキスをした。 |
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