オレの名前はユーリ。
職業、黒猫。 本当なら二足歩行ができるのに、呪いをかけられて猫の姿のままにされてしまった。 だけど最近、その苦痛からも解放されようとしている。 なぜなら...。 遠くからこの部屋に近づいてくる気配を感じて、自然と耳がそちらの方を向いた。 きっとお待ちかねの、この部屋の主が帰ってきたに違いない。 もうすぐあの扉が開いて、こう言うんだ。 「ただいま、ユーリ」 ほらな? オレは、外を眺めるために座っていた窓枠から飛び降りて、そいつの胸へと飛び込んだ。 もうすっかり慣れたもんで、その腕はちゃんとオレを抱きとめてくれる。 そして。 首を思いっきり伸ばして、その口唇へ、キス。 甘く霞む意識の向こうで、オレの身体が変わっていく。 彼に触れる感覚も、口唇に感じる柔らかさも。 もうちょっとこの甘さを味わいたくて、離れかけた口唇を、もう一度押し当てる。 そして軽くリップノイズをたてて、彼の顔を覗きこんだ。 「おかえり、フレン」 オレの、運命のヒト。 フレンとのキスでだけ、オレはこの姿に戻れる。 フレンと同じ、人間の姿。 こうやってフレンに触れるし、話だってできる。 ちょっと違うのは、オレには猫耳と猫しっぽが生えてることくらい。 「あ、あのさ、ユーリ...」 フレンの首に腕をまわして、ちょっと上目づかい(わざと)で顔を覗きこんでいると、彼は顔を真っ赤にして視線を泳がせる。 その表情が、すんげぇ可愛いんだけど! 「実は、ユーリにプレゼントを買ってきたんだ」 「うにゅ?」 プレゼント? そう言われて彼の手元に視線をやれば、大きめの紙袋をぶら下げていた。 フレンはオレの腕をゆっくり解くと、身を屈めてその中を探りはじめた。 オレは首をかしげて、その様子を観察する。 そして、中から出てきたのは。 「服、買ってきたんだ。サイズが合えばいいんだけど」 文章じゃ解んねぇかもしれないけど、オレ実は今、素っ裸だったりする。 だって、猫の姿で服着るわけにもいかねぇし、着たとしても戻った時にきっと破いちまうだろうし。 初めの頃はフレンも慣れなかったようで、素っ裸なオレを見て耳まで真っ赤にして、結構慌てたりしてた。(思い出すと笑える) これまでは、この姿でいる時はフレンのシャツを借りて羽織って過ごしてたんだ。 フレンの服も、フレンの匂いがして好きだったんだけどな。 でも、フレンがせっかく買ってくれたので、早速着てみることにする。 フレンが選んできてくれたのは、オレと同じ黒色の服だった。 「うん、イメージどおり。よく似合ってるよ」 姿見に映るオレをフレンが覗いてきて、鏡越しに微笑んでくれた。 身体にフィットする動きやすいデザイン。腰の帯には金の刺繍が施してある。 「さすがフレンだな。オレの好み、バッチリ」 「本当かい?それは良かった」 「だけど...」 ズボンのサイズまでバッチリって、どうなんだろ。 腰、尻まわり、太もも。ぜんぶ、バッチリ。 「もしかしてフレン、オレが寝てる間に身体触りまくってたんじゃねぇの?」 「なっ!そ、そんなわけ...」 「胸もすんげぇ開いてるし。フレンてば、やらし〜」 「ち、ちがう!僕は、そんなつもりじゃ...!」 ちょっとからかっただけなのに、真面目なフレンはすぐに耳まで真っ赤になる。 もう、ホント、可愛い! だけどホンネのところは、もっとオレに触ってほしい。 フレンの本当の気持ちが解らなくて、こうやって冗談交じりでしか言えないけれど。 言葉では「好きだ」と言ってくれるけど、その「好き」は、どういうイミの「好き」なんだろう。 オレがフレンに想う「好き」と、おなじ「好き」だったら良いのに。 急に、膝の力が抜けた。 「ユーリ!?」 ぺたりと崩れるように床に座り込んでしまったオレに、慌ててフレンが駆け寄る。 「どうしたの?ユーリ」 すがる様にその腕にしがみついて、フレンの顔を見上げた。 身体中から力が抜けていくような感覚に、吐く息も細くなっていく。 やたら顔が熱い。もしかしたらオレの顔、赤くなってるかもしんねぇ。 「フレン...」 だけど、もうダメだ。 限界...。 「ちょっ、ユーリ!!??」 オレは思い切って、ズボンを脱いだ。 「フレン!裁縫道具貸せ!もうムリだ!!」 「はぁ!?」 「しっぽ!しっぽ固定されるの、ヤなの!」 しっぽを持つ動物は本当に大変だ。オレたち獣人族を含め。 しっぽは常に動かせてこそ、しっぽ。 動かせないとケツの辺りがむずむずして、すんげぇ気持ち悪い。 オレは裁縫道具を駆使して、買ってもらったズボンに細工を施す。 ちょうどしっぽのあたりに穴をあけて。 「おう。これでカンペキだ」 はぁ〜。この解放感がたまんねぇ。 もう一度姿見の前に立って、裁縫の仕上がり具合を確認する。 うん。我ながら悪くない出来だ。 「へぇ、器用なもんだね」 フレンも関心したように溜め息をもらした。 「だろ?きっとオレ、料理の腕も良いほうだと思うぜ」 「本当かい?それはぜひ、食べてみたいな」 「いいぜ。期待して待ってろよ?」 オレはウインクをひとつして、そして素早くフレンの懐へ飛び込んだ。 「フレン。プレゼント、ありがとな」 彼の頬へ、お返しのキスをひとつ。 だけどそれだけじゃ止まらなくなって、抱きついて胸に頬をすりよせれば、やさしく背中をさすってくれる。 やさしい、オレのご主人さま。 猫の姿にもどるまで、もう少しこの姿で甘えさせてくれ。 おしまい。 |
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