コンコン 「ユーリ、入るよ?」 「げっ!入ってくんな...!」 いつもの癖で、返事を待たずにドアを開けると、同時にユーリの叫び声が聞こえた。 だけどそれももう遅くて、部屋の中に居た彼とばっちり目が合ってしまった。 しばしの沈黙。 「ぷっ...、あはははは!!なんて格好してるんだ、ユーリ」 あまりに彼らしくない格好だったので、思わず大笑いしてしまった。 ユーリは真っ赤な服を来て、同じ色の三角帽子を頭に乗せ、口元には白くてもじゃもじゃの長い髭をつけている。 そう。今日はクリスマス・イブ。 「って、お前。笑いすぎだ!」 「あはは、ごめんごめん。あまりに似合ってなかったから、つい」 「ちっ。お前だけには見られたくなかったのに...」 ユーリはその服と同じくらいに顔を真っ赤にして、拗ねたようにそっぽを向いた。 「いったいどうしたんだい?そんな格好をして」 「じぃさんとおかみさんに頼まれたんだよ。どうせクリスマスでもヒマしてるんだろってさ」 ユーリの視線の先を辿っていくと、テーブルの上には大きな袋が置かれていた。 促されるままにその中を覗くと、たくさんのプレゼントが入っている。 ひとつひとつに、名前が書かれたカードを添えて。 「これ、ハンクスさんが?」 「ああ。なんか子供たちの間で、サンタは居るの居ないのって話になったらしくてさ。 それで大人たちが相談して、プレゼントを用意したんだと」 「で、ユーリがサンタさんになるわけだ」 「オレなんかがやるより、じぃさんがやったほうが様になると思うんだけどな...」 髭も自前で済むし、とユーリは肩をすくめて軽くため息をついた。 「だけどハンクスさんじゃ、煙突入れないよね」 「おいおい、オレも煙突には入りたくねぇぞ?」 「そうなんだ?」 ユーリだったら、軽々と入れそうだけど。 「じゃあ、ユーリが仕事を終えるまで、僕はここで待ってようかな」 「はあ?お前、何言ってんだ?」 「え?」 ユーリが瞳をまんまるして、おおきく首をかしげた。 あれ。待ってちゃまずいのかな...。 「お前も一緒に行くに、決まってんだろ」 「はあっ!?」 その言葉に、今度は僕が驚いた。 「いや、だって僕はサンタの衣装なんて持ち合わせてないし」 「ふっ。心配すんな」 ユーリがにやりと笑みを浮かべる。 この顔、悪い事を企んでいる顔だ...。 嫌な予感がして、2、3歩後ずさる。 だがそれも許されず、腕を掴まれると勢いよくベッドに引きずり倒された。 「うわっ!!」 起き上がろうとした僕の上にユーリがのしかかってきて、動きを封じられる。 しかも、伸びてきた手が服を脱がしにかかってきたので、慌てて抵抗した。 「ちょっ、ユーリ!何を...っ」 「うるせえ!大人しくしやがれっ!!」 そういう雰囲気の時なら、むしろ大歓迎なんだけど...。 結局、すっかり服を脱がされてしまった僕は、代わりに妙な服を着せられるハメになった。 もこもこした茶色の着ぐるみ。頭にはツノも生えている。 「....なんで僕がトナカイ...」 「おかみさんが、どっちでも好きな方着ていいって、2着貸してくれてたんだよ。 あ、そうだ」 ユーリは何か思い出したのか、ベッドの奥にある棚に手を伸ばし、何かを探し始めた。 「やっぱりトナカイは、鼻が赤くないとな」 そういって、彼が取りだしたのは。 「えっ!ユーリ、マジックはやめて...!!」 「さっきオレを大笑いしたバツだ!うりゃっ!!」 「うわああぁぁぁーー!!!」 ユーリと僕は、家のベランダに立っていた。 先ほどから数件回っているけれど、どこの家も、ちゃんと窓の鍵が開けてある。 おそらく、ハンクスさんが大人たちに根回ししてくれていたのだろう。 「でもこれって、不法侵入だよね」 「オイ。今日くらい大目に見ろよ」 「ふふ、わかってるよ」 そっと窓を開け、眠っている子供を起こさないように足音を忍ばせて部屋へと入る。 ユーリは担いでいた袋からプレゼントを一つ取り出すと、枕元に飾ってある大きなくつ下へ、そっと入れた。 「ん〜、サンタさん...」 突然、子供が呟いた。 起こしてしまったか?と、思わず息を飲む。 もぞもぞとベッドが動く間、僕たちは一歩も動くことができず。 だが、どうやら寝返りを打っただけのようで、ふたたび規則正しい寝息が聞こえてきた。 「寝言..みたいだね」 「ったく、脅かすなっての」 ふたりで安堵のため息をついて、その寝顔を覗きこんだ。 「...幸せそうに眠ってら」 「そうだね」 やさしく頭を撫でてやれば、にへらと笑みを浮かべる。 夢の中で、サンタからプレゼントをもらう夢でも見ているのかもしれない。 「さあユーリ、残りのプレゼントも早く配ってしまおうか」 「おっ、なんだ?やけにやる気になってるじゃねぇか。さっきまであんなに嫌がってたくせに」 「そりゃ、こんな格好されられれば、ね」 こんな寝顔を見せられてしまえば、文句も言っていられない。 朝、この子が目覚めた時、このプレゼントを見つけたら、同じように笑ってくれるのだろうか。 それを想像すると、こちらもなんだか幸せな気持ちになってくる。 「ほら、行くよ」 「おい、ちょ、待てって」 夜更けの下町は、しんと静まり返っていた。 だけど、どこか神聖な空気と、そして淡い期待に満ちているような気がする。 サンタなユーリとトナカイの僕は、夢の詰まったプレゼントを抱えて、子供たちの元へと駆けていった。 それでも、いくら小さな町とはいえ、全て配り終えるのに結局1時間はかかってしまった。 「おー!さみさみ」 真冬の夜風にあてられて、すっかり身体は冷え切ってしまい。 ユーリは部屋に戻ると、いそいそと暖をとるために炭壺の側に座りこんだ。 「ね、ユーリ」 声をかけ、両腕を広げた。 その体勢の意を汲み取ったのか、振り向いたユーリの頬がうっすらと朱に染まっていく。 しばらく躊躇っていたユーリだけど、僕も体勢を崩さずに待っていると、 ちいさく「仕方ないな」と呟いて立ちあがった。 「ねぇ、僕にプレゼントはないの?サンタさん」 「あぁ?」 この胸に収まる一歩手前で、ユーリは顔をしかめた。 だけど、僕が自分の口唇をちょんちょんと指さすと、意図を理解したようで。 「........」 しばらく視線をそらしていたけど、じっと待っている僕にユーリのほうが痺れをきらしたのか 彼は顔をちいさく傾けて、近づけてきた。 そして、頬に軽くキス。 「え、これだけ?」 思わず不満をこぼした僕を見たユーリの顔は、かわいいほどに真っ赤になっていた。 「....わがままな子供だな」 「うん。そうだよ」 ユーリ限定で。僕はいくらでも我儘になれてしまう。 ユーリは大きな溜め息をひとつついて、それでもゆっくりと、僕の首に腕をまわしてきた。 そしてしっとりと、今度は深く口唇を重ねた。 「んっ、ふ....」 お互いの息があがる頃にようやく口唇が離れると、ユーリは柔らかく微笑んだ。 「今日だけ、特別だからな...」 「ありがとう。サンタさん」 ユーリの細い腰を抱き寄せ、ゆっくりとベッドに倒れ込んだ。 「ぷっ...」 突然、ユーリが吹き出した。 「え、どうしたの?」 「くくく...。お前の鼻、まっかっかだな」 「あっ!」 すっかり忘れていた。 トナカイの格好をさせられたときに、ユーリに悪戯をされていたことを。 「これ、洗ったら落ちるんだろうね?」 「あー....、悪ィ。これ、油性だわ....」 「えええっ!!??」 明日、仕事なんですけど...。 |
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